常に前を向いて全力を傾ける、何事にも一生懸命な彼女を好きだと思った。 だから、自分の想いは口にしないでいよう、そう思っていた。 今自分に向けてくれている100%の笑顔を曇らせてしまいたくないから。 現状、充分に満足なのだから、と。 ……本当に馬鹿な話だ。 できるわけがないのに。 自分を偽れるほど、大人じゃない。 多分、はじめからわかっていたのに。 想いを自覚した時点で、もう今まで通りでいられるはずがない。 そんな当たり前のことからも、目を背けていられると、そう思っていた。 そう、思いたかったのだ。 「あ、寒いと思ったら雪が降ってきましたよ」 空を見上げて巴が、歓声をあげた。 灰色の曇天に、ちらちらと白い欠片が見えはじめる。 ひとひらひとひら、見る間に雪はその量を増し、もう探すまでもなく視界に散らばっている。 先程まで動かしていた身体は熱を帯び、雪のもたらす冷気が心地よいくらいであるが、じっとしていたら随分と堪えるだろう。 柳生は自分の鞄から折りたたみの傘を取り出すと、広げたそれを巴の頭上に差し出した。 「雪はいいですが、風邪を引きますよ」 巴の髪に舞い降りた雪が刹那、小さな結晶を見せる。 「あ、すいません! 雪なんてこっちに来てから久しぶりなんでつい」 「ああ、巴さんの故郷は、岐阜でしたっけ」 「はい。 すごく降るんですよ。氷もずっと分厚いし。 そういえば前にこっちの川は凍らないんですね、って言ったら海堂先輩に絶句されました。 そう、その時川に子猫が捨てられてたんですけど、こんな寒い日に小さな子猫を捨てるなんてひどい人もいるもんですよね。 幸い海堂先輩が引き取って飼い手を探してくれたから良かったものの……」 巴の話は話す間に内容を徐々に変えていく。 雪の話から氷の話。 川の話から自校の先輩の話へと。 彼女が楽しげに語る間にも、雪は降り続ける。 ふと言葉を止めると、巴は不意に柳生に手を伸ばした。 「柳生さん、雪、積もってます」 そう言って柳生の左肩にうっすらと積もった雪を払う。 「傘、いいですよ。 せっかく傘持ち歩いてるのに私に差しかけてるせいで風邪引いちゃったら申し訳ないし」 多分に巴の側へと傾いていた傘の柄を、そっと柳生の方へと押し戻す。 純然たる好意で行われたその仕草に、一瞬自分を拒まれたような感覚を覚える。 被害妄想も甚だしい。 「……どうかしましたか?」 心配そうに覗きこんでくる巴に、気持ちが顔に出てしまっていた事を自覚する。 最近、彼女の前で表情を作ることが難しくなった。 ともすれば、本音が表層に出てしまいそうになる。 「いえ、なんでもありませんよ」 笑顔を取り繕う。 彼女のとりとめのない話を聞くのは好きだ。 けれど、それは必ずと言っていいくらいにどこかで青学の誰かの名を彼女の口から聞くことだ。 生活の大部分をテニスに捧げているのだから、話の中にテニス部員が出てくるのはある意味当たり前のことなのだろう。 月に数度会えれば御の字の自分と、毎日顔を合わす彼ら。 子供じみた独占欲。 勿論口に出来ようはずもない。 「なんでもないことないですよ。 ここのところずっと、柳生さん変ですもん」 「……そうですか?」 「そうですよ。 ……私は、頼りにならないですか?」 苦しい。 本当は、息苦しくてたまらない。 助けて欲しい。 失うリスクを恐れて動き出せないくせに、欲しがるばかりで。 折りたたみの小さな傘が、地面に転がった。 手を伸ばし、巴を腕の中に抱き寄せる。 外気に触れて冷たくなった髪が小さな雪の結晶と共に柳生の頬に触れる。 「すいません」 「えっと、柳生さん?」 「貴女が、好きです」 「…………え!?」 唐突な言葉は、予想外のものだったのだろう。 驚いた声が返る。 ああ、言ってしまった。 しかし、きっともう限界だったのだ。 「貴女が、好きです。 あなたにとっては迷惑な気持ちかもしれませんが」 腕を放す。 二の句を継げないでいる巴に苦笑いする。 「申し訳ありません。 忘れていただいて結構ですから」 落とした傘は、逆さまになって転がっている。 うっすらと雪がその上に積もっている。 拾い上げようとかがみこむと、背後から重みがかかった。 「…………巴さん?」 「嫌です」 「は?」 思わず聞き返した。 背中に張り付かれている状態では彼女の様子は見えない。 「迷惑なわけないじゃないですか。 忘れません。絶対にわすれません。ずっと覚えてます」 「……それは、私の都合のいいように解釈してもよろしいのですか?」 「…………柳生さんの迷惑じゃないんでしたら」 雪は以前勢いを弱める様子はなかったが、背中に伝わる体温は、それを軽く凌駕するほどに暖かかった。 |