自由の森にあるテニススクールは設備は良いのだが、若干遠いのが難点である。
電車に乗って移動しなければならないのはやはり少し不便だ。
もっとも、父京四郎のコネで利用させてもらっているのに贅沢を言う気はない。
それに。
「どうかしましたか?」
巴が向けた視線に気づき、柳生がにっこりと笑みを見せる。
彼なんかは巴に付き合ってこんな県外まで来てくれているのだ。
文句なんて言える筈がない。
初めのうちは巴も柳生に悪いので神奈川で練習する事を主張した。
それか、せめて交代で行き来しましょうと。
ところが普段は巴の意見を尊重してくれる柳生がこの点ばかりは譲らなかった。
曰く、
『女性を練習後の日の落ちた後にこんな越境から帰宅させるなどとんでもない』
と言うのである。
そんなことは気にする必要ない、と巴が言っても聞く耳持たず、仕舞にはどうしてもこちらで練習すると言うのなら神奈川から東京の青春台まで送って行くと、そこまで言われ、ついに巴が折れた。
練習が終わった後に神奈川東京間を往復するなんて時間の無駄もいいところである。
それでは向こうで練習するメリットはないに等しい。
そんな訳で二人が共に練習する場所は自由の森テニススクール、とほぼ定番化しているが都内のこのスクールでさえ青春台駅まで柳生は送ってくれる。
ここまでくると紳士的だとかではない。
単に甘いだけだ、と当の巴さえもが呆れている。
駅から家まで送らないのは巴が固辞した為で、そうでなければ絶対そこまでやってる。
子供じゃないから大丈夫です、と主張する巴に子供じゃないから心配なんですよ、と返す柳生。
堂々巡りである。
柳生さんは分かってない。
送ってもらうのがイヤなんじゃない。
ただ、それで気を使わせて次に誘い難くなるのがイヤなのに。
だったら誘わなければよさそうなものだが、その選択肢は巴の中には存在しない。
喜んで好意に甘え倒すという選択肢も、ない。
「本当に柳生さんには困るなあ……」
堂々巡りの考えは電車の揺れに合わせて段々と働きが鈍くなる。
電車が二駅も越さぬうちに巴の呼吸が寝息のそれになったのに気付き、柳生は苦笑した。
今日の練習はハード過ぎたのだろうか。
つい熱中してしまうと休憩のタイミングを逸してしまいがちなのはどうにもいただけない。
こくりこくりと巴の頭が一定のリズムで符を刻む。
「……!」
端の席に座っていた巴の頭が隣に座っている柳生とは反対側、手すりに激突する寸前に危ういところで手で防ぐ。
咄嗟に守る事が出来たのは良かった。
良かったけれど、この後この手をどうするべきか。
数秒考えて、結局柳生はその手を巴ごと引き寄せた。
また舟を漕いでぶつかっては危ないですし、と自分に言い訳しつつ。
巴は導かれるまま素直に柳生の肩にもたれかかる。
まったく目を覚ます様子はない。
まあ降りる直前になれば起こせばいい。
もっとも、青春台まではもう間がないのだが。
しかし本当に無防備だ。
自分じゃなくとも心配して当然だろう。
彼女はそうは思っていないようだが。
がたん、ごとん。
電車が揺れる。
肩にかかる彼女の重み。
実際には、こうして電車に乗っている時間もまた柳生には楽しいので、少しでも長く一緒にいられる案を主張しているだけなのかもしれないのだけれど、それは彼女には秘密である。
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