「ん、そういえば今日はお前さんの誕生日じゃったか」 仁王が唐突にそんなことを言ったのは驚きだった。 「確かにそのとおりですが、よく知っていますね」 小さな子供でもないし、誕生日会をするわけでもない。 仁王が自分の誕生日を知っているのは意外だった。 「おめでとうさん。まあ、誕生日祝なんぞは今持ち合わせがないがの」 「別にそんなものは期待していませんが……先日お貸しした500円さえ返してくれれば」 「プリ。……そっちも持ち合わせがのう……。 細かい事を気にしちゃいかんぜよ。金を貸すときはやったもんだと思うべきじゃ」 「それは借りた側の台詞ではありませんね」 家族にお祝いはしてもらえたが、別にそれ以上の特別な何かがあるわけでもなく。 ただ例外はこの仁王の台詞と、巴からのメールだった。 『お誕生日おめでとうございます!』 本文らしいものはそれだけ。 可愛らしい絵文字付きのメールは柳生をほっこりと嬉しい気分にさせた。 柳生の誕生日にあった特別なことは、それくらいだった。 もちろんそれになんの不満もあるわけがなく。 「あ、遅ればせながらですが誕生日おめでとうございました!」 週末、いつものように一緒に練習をした帰り道、唐突に巴が言った。 その口調が当日に貰ったメールを受け取った時に想像したそのままだったのがなんともおかしい。 当然笑ったりするのは失礼なので顔には出さないようにするが。 「ありがとうございます」 メールだけでも嬉しかったけれど、こうして直にお祝いを言ってもらえるのはやっぱりもっと嬉しい。 こんなに自分の誕生日という存在を嬉しく思うのは何年ぶりだろう。 じんわりと地味な幸せを噛み締めている柳生に、巴がさらに言葉をかぶせる。 「で、あの、ですね」 「……? なんですか?」 どうかしたのだろうか。 巴が言いよどむというのは珍しい。 少し首をかしげながら尋ねると、巴が目を反らしてうつむいた。 何がなんだか理由がわからない。 あたりを見渡すと、不意に巴が声を潜めた。 「……誕生日プレゼントを、渡したいんですけど、ちょっと目、閉じてもらえます?」 人目をはばかるようなものなのだろうか。 少し怪訝に思いつつも素直に目を閉じる。 「えっと、少しだけかがんでもらえるとありがたいです」 ……マフラー? 目を閉じたまま、少し腰をかがめる。 「…………!」 思わず目を開く。 あまりにも至近距離にあった巴の顔が瞬時に遠のいた。 今のは。 いやでもまさかでも確かに。 無意識に左手が口元をなぞる。 自分の頭に血が上るのと、巴の顔が朱にそまるのは多分同時だった。 「……いや、あの、えっと、ですね。 に、仁王さんが絶対確実な一番はコレだって……」 しどろもどろに巴が言い訳をする。 その中に登場した名前。 仁王。 口の端を吊り上げて笑う彼の顔が目に浮かぶ。 どおりで自分の誕生日を彼が覚えていた筈だ。 絶対あの時点でもう巴の相談を受けていたに違いない。 と、巴が真っ赤な顔のままで頭を下げる。 「スイマセン、やっぱ自意識過剰ですよね!」 「いや、それは全然!」 咄嗟に言い返す。 少しの沈黙の後、目を見合って二人苦笑した。 本当にもう。 心の中で友人に対して怒るべきか感謝するべきか迷うところではあるが、とりあえず貸し借りはなくす為にも週明け一番に借金だけは返してもらおうと心に誓う柳生だった。 |