困った。
今、真田は百貨店の中にいた。 それだけでも通常足を踏み入れない施設であるのに、彼がいるのはその中でもさらに縁のない場所。雑貨コーナーである。 店内の賑やかなディスプレイがさらに真田に居心地の悪さを感じさせている。 こんな姿を誰か知り合いにでも見られたら言い訳が効かない。
場違いだ、そう感じているからか人の視線がやけに気になる。 誰もが自分の方を見ているような錯覚に捕われがちになる。 もっとも、体格が良い上に仏頂面で雑貨コーナー前に直立している真田の姿は実際問題目立っているのであながち全てが錯覚とも言い切れないのだが。
バレンタインデーに赤月からもらったチョコレートのお返しを、と思ったまではいいのだが何を贈ればいいのか見当もつかない。 とりあえず雑貨コーナーを見てみたのだが、何がなんだかサッパリわからない、というのが正直な感想だ。
適当に選んでしまえばいいのだが、その適当、が出来るほど真田は器用ではない。 物を贈るのならば相手が一番喜ぶものを贈りたい。 赤月の喜ぶ顔が見たい。
そう思えば思うほど何を選べばいいのかわからなくなってくる。
大体、赤月とテニス以外の話をする事が殆ど無いので何が好きなのかも良くわからない。 ……そもそも、そんな人間と話していて彼女は楽しいのだろうか? 物など渡しても却って迷惑なだけなのかもしれない。
…………いかん。 段々と思考が後ろ向きになってきた。
とりあえず居心地の悪い店内から離れて頭を冷やす。 さて、どうしよう。 いっそのこと本人に訊いてしまうのはどうだろうか。 赤月本人にはそれとわからないように欲しいものを聞き出せればこれほど楽なことは無い。
―――この時点で、すでに真田は大きな思い違いをしている。
何回目かのコールの後に、赤月の声が聞こえる。 「はい。もしもし?」 「赤月か。真田だが……」
何か言う前に赤月のはしゃいだ声に圧倒された。
「やっぱり真田さん! 着信表示見て間違いかと思っちゃいました。 真田さんから電話してくれるなんて初めてですよね!」 「……ふむ、言われてみればそうか」
言われてみれば真田は電話を自分からかけるという行為が滅多に無い。 しかし、まさか電話をかけるだけでこれほど喜ばれるとは思っても見なかった。
「で、今日はどうしたんですか?」 「む。……あー、まあ、来週、なんだが……」
何をどう切り出せばいいのか見当がつかない。
「来週? あ、練習ですか? あーでも来週は私ダメなんです。お父さんがこっちに来るんで」 「赤月先生が?」
スポーツ医学の権威である赤月の父親のことは真田も耳にした事がある。 そういえば、赤月は越前の家に下宿している越境入学者だった。 遠くはなれて暮らす父親に久しぶりに会えるとあらば来週ホワイトデーに赤月に会うのは断念せざるを得ない。 正直、準備期間が増えて安堵している自分がいる。……情けない。
「そうなんですよ〜。 ホワイトデーのプレゼント代わりにしばらく顔を見せに来てやろう、なんてまた気まぐれ言い出して…… …………あれ、ひょっとして、真田さんもホワイトデーに何かくれるんだったんですか?」 「え、いや、それは…だな……」
いきなり関係がないと思われた話題から本筋に入ってこられたので真田は頭が真っ白になる。 咄嗟に取り繕う事すら出来ない。 そもそも、相手にそれとわかられないように何かを聞き出すなどという芸当が真田にできるはずは無いのだ。
「あ、やっぱりそうなんですね! やったー! すごく嬉しいです! 来週はダメなんですけど再来週は絶対に空けますから!」
電話口からでも姿が見えてきそうなほどのはしゃぎっぷり。 先程電話に出たときのそれとは比べ物にならない。
しかし、これはちょっと。 困る。
「……あまり、期待するな」 「え、無理ですよ〜。 既に期待しまくっちゃってますよ」 「どういうものを贈ればいいのか、正直、見当がつかんのだ。 どういうものがいいのか、言ってくれると助かる」
窮まって手の内のカードを晒した真田だったが、対する赤月の答えは簡潔なものだった。
「そんなの、なんだっていいんですよ」
その返答が一番困る! という真田の心の叫びは当然赤月には届いていない。 続く彼女の言葉はさらに真田を困惑させた。
「……一番欲しいものは、もう、真田さんにもらいましたから」
電話を切ったあとも、彼女の言葉の意味がわからない。 今までに彼女に何かあげた物と言えば、使い古しのラケットを渡したくらいしか記憶に無いのだが、その事なのだろうか?
いや、とりあえず今考えなければいけないことは嘗て渡したものではなくこれから渡すものだ。 結局なんの参考にもならないどころか無駄に期待までもたせることになってしまった。
「あら? 巴さん何かいいことでもあったんですか? 随分ご機嫌ですけど」 「あ、奈々子さん。 そうなんですよ。さっきすごくいいもの贈ってもらっちゃって」
普段テニスのことしか頭に無いような真田が、自分の為に考えて、電話までしてくれた。 それだけで、もう、最高の贈り物なのである。
もっとも、そんなことは露と知らない真田はまだ暫く悩み苦しむハメとなるのだが。
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