日が暮れるよりも先に、空の色が暗くなる。 太陽を覆い隠すように分厚い雲が空に広がっていく。 この時期には良くある現象だ。 練習が終わる頃には案の定、ぽつりぽつりと雨粒が地面に落ち始める。 今日はタイミングが良かった。 濡れないように各々慌てて部室へと駆け込んでいく。 「うわやっべ、俺傘持ってきてねえわ。待ってたら止むかな」 「今日から明日一杯降り続けるらしいぞ。雨宿りは諦めた方がいい」 ユニフォームから制服へ着替えつつのブン太と柳の会話を耳に入れた真田が、微妙な表情を見せた。 「明日も、雨か」 「何か用事でもあったのですか?」 「青学の赤月と練習を共にする予定だったのだが」 別に隠すようなことでもないので素直に答える。 選抜合宿以来、予定が合う時はこうしてたまに一緒に練習をしている。 そしてそれは立海の他のメンバーも知るところである。 「ああ、それは残念だったな」 「まあ季節柄致し方あるまい。赤月には後ほど断りの連絡を入れておこう」 シャツのボタンを閉じながら、掛けられた言葉に何の気なしに答えたのだが、ふいに周りが静かになったような気がして振り返ると皆が妙な顔をしてこちらを見ている。 何かおかしな事を自分は言ったのだろうか。 雨の日に練習が出来ないのは当然の話だ。 実際それで今までにも何度か予定を取り消した事もある。 「……真田、巴といつもテニスしかしてないのかい?」 「そうだが」 「練習後……とかは」 「帰るだけだが」 「神奈川まで来て?」 「他に何もないだろう」 「今までずっとですか」 「無論だ」 「不憫じゃのう……」 何がだ。 仁王の台詞を皮切りに、顔を見合わせて溜息をつかれる。 なんだというのか。 「まあ、たまにはそれ以外ってのもいいんじゃないかな」 「……雨なのにか」 テニスも出来ないのに雨の中神奈川までやってくるメリットは何もないだろう。 そう真田は思うのだが。 「まあ、考えてみても良いのではないか」 考えて見たが、やはりよくわからない。 とりあえず、帰宅後携帯を鳴らしてみる。 『あ、真田さん、今日もお疲れ様です!』 「お疲れ様。明日の件なのだが」 『あー……雨っぽいですね……』 携帯の向こうの明るい声のトーンが若干落ちる。 いつもならばここで「ではまたの機会に」となるのだが。 「……お前はどうしたい」 『え?』 「明日の予定だ。 この調子ではテニスは出来そうもないが、何か他にやりたいことがあるのならば言ってみろ」 これは催促しているようには聞こえないだろうか。 無理強いをする気は毛頭ないのだが。 そんな逡巡も一瞬の事だった。 『え、いいんですか!?』 「別にかまわん。 元々お前との約束の為に予定は空けてあるからな」 『えーっと、じゃあ…………真田さんの家に、行ってみたいとかいうのは、アリですか?』 様子を伺うような声。 『あ、ダメならいいです』 「いや……わかった。では明日」 『はい、楽しみにしてますね!』 はしゃいだ声で電話が切られる。 しかし自分の家に来て何が楽しいというのだろう。 道場があるというのが物珍しいのだろうか。 やはり真田にはよくわからない。 だが、巴が喜んでいるようなのでそれもまあ良いか、と思えた。 ひょっとしたら今までの雨の日も、予定をキャンセルするばかりではなくこんな風に彼女の意見を聞くべきだったのかもしれない。 そうしたらさっきのように嬉しげな彼女の声が聞けたかもしれない。 そんな事を今更思っている真田は影で立海のメンバーに「まだるっこしい」「巴も趣味が悪い」などと散々揶揄されている事には気が付いていない。 |