「クリスマスだねぇ」
窓の外をぼんやりと眺めながら、唐突に幸村が言った。
「ん? クリスマスはまだ先だぞ」
「誰も今日がクリスマスだなんて言ってないよ」
見当違いの回答を返す真田を幸村はバッサリと切り捨てる。
「まあ、街は随分とクリスマスらしくなりましたよね」
「……で、それがどうしたんかいの」
読んでいた本から顔を上げ、のんびりと柳生が答える。
確かに、商店街の店舗には白いスプレーで雪の結晶が描かれ、店のみならず住宅街までもが競うようにイルミネーションの光をあふれさせ、コンビニでは店員が赤い帽子をかぶって接客をしている。
街はクリスマス一色だ。
「うん、だからクリスマスパーティーをしよう」
それが当然のことのように、高らかに幸村は宣言した。
「クリスマスパーティー?」
「いきなりっすね。で、いつやるんすか」
「もちろん、クリスマスパーティーなんだからクリスマスイブに決まってるじゃないか」
にこりと笑って言う。
「幸村〜、イブはデートの予定で行けないってヤツもいるとか思わないわけ?」
「丸井、あるの?」
ブン太の代わりに柳が平然と答える。
「ないな。更に言えばレギュラーほぼ全員空いている。ただ」
「ただ?」
どうしてレギュラー全員のイブの予定を柳が把握しているのかという基本的な点に関してはもはや誰も追及しようとはしない。
「原は親戚の法事があるので無理だろう」
もっとも、彼女がそういった催しに積極的に参加するだろうかと言えばそれは疑問だが。
「そうか……。けれど、男ばかりだと華がないな。よし、巴を呼ぼう」
少し考えるとかしたのだろうか、というくらいの速さである。
多分、どうあっても呼ぶつもりだったのだろう。
しかしそれを面と向かって指摘できる命知らずはここにはいない。
「じゃ、仁王、電話して」
「なんで俺じゃ。自分ではせんのか」
素直に携帯を取り出しながらも、疑問をぶつける。
「適材適所だよ」
「了解ナリ」
一言の言葉で全てを理解した仁王が携帯を開く。
なんとはなしに、皆静かに注目する。
携帯からかすかに漏れ聴こえる呼び出し音が、止まった。
「ん、赤月か。
今ちょいと時間ええかの。実はな……」
はっきりとは巴の言葉が聞こえるわけではないものの、難色を示しているっぽいことはわかる。
まあ、彼女にだって予定はあるだろうし、神奈川までいきなり呼ばれても困るだろう。
「まあ、そうじゃろうな……ただ、幸村が、な。
去年は自分の入院でクリスマスはろくに何も出来んかったじゃろ?
中学最後のクリスマスじゃし、今年こそはいい思い出を作りたい、そう言いよってな……」
「……幸村部長、んな事一言も言ってねえっすよね」
「意訳……なの、か?」
「つーか、去年もクリスマスにバカ騒ぎしてたっすよね、病室で」
看護士さんにこっぴどく叱られた記憶がある。
ちらりと幸村に視線を送りながら切原が小声で言うと、幸村は堂々と開き直った。
「俺たちは既に王者じゃない。
勝つために、手段を選ぶつもりはないよ」
「せっこ……!」
思わず声が大きくなった切原の口を咄嗟にジャッカルが塞ぐ。
正直まったくの同感だが逆らうと後が恐ろしい。
「そうか……幸村の気も知らんと俺は……」
一方、真田はあっさりと騙されていたがその方が都合がいいので誰も訂正しない。
「……ん、ちょい待ちんしゃい。
幸村、場所はどこなんじゃ?」
巴に尋ねられた仁王が携帯から顔を放してこちらを向く。
これに対する幸村の答もまた即答だった。
「真田の家」
「何!?
聞いとらんぞ俺は!」
「今言ったじゃないか」
「あ、もしもし。真田の家だそうじゃ」
「…………」
皆、ほんの少しだけ真田に同情した。
『うーん……真田さんの家、ってことは、やっぱり遠いですよね……』
幸村の病気のことまで引っ張り出したからには楽勝かと思いきや、巴の反応は鈍い。
本当に既に先約が入っているのかもしれない。
だとしたら誰だ。
柄にもなく内心若干の焦りを覚え始めた仁王に、苦戦を察したのか柳が携帯と反対方向の耳に、小さく何事か告げた。
「あー、心配せんでも、夕方には終わる」
『あ、そうなんですか?
それだったらなんとかなりそうです!』
門限を気にしていたのだろうか。
その一言であっさりと巴のOKを貰うことができた。
しかし、これでは完全に柳の掌中にあるようで面白くない。
「なあ、なんで夕方なんだ?」
首をかしげたブン太に、柳は事も無げにタネ明かしをする。
「夜から青学のクリスマスパーティーがある」
「…………柳、そういうことは電話掛ける前に言いんしゃい」
日に日に気温が下がっていくのとは反対に、街は浮かれ気分を強めていく。
聞こえる音楽はクリスマスソング一色だ。
「やっぱり純和風の真田の家はクリスマスって空気とはそぐわないなぁ」
「家の雰囲気まで変えられるか!」
座卓の上に買って来た菓子やチキンを並べながら、幸村が勝手な事を言う。
そもそも居住者の許諾なしに勝手にここを会場に決めたのは幸村だ。
「少しは雰囲気が変るかと思って、ツリーは持って来ましたよ」
柳生が小さなツリーを置く。
スタンダートな緑色のツリーはそれだけで随分と場を華やかにする。
「俺も持って来ようかと思ったんだけど、持ち出したら弟がスネっからなぁ」
「それはええんじゃが、その箱もしかして全部、ケーキか?」
「ん、足りねえかな?」
「箱の形状からして、直径18cmのホールケーキ二つ。
足りないと言う状況はまず考えられないな」
とりもなおさず、準備は整った。
壁に掛けられた時計を見て幸村が時間を確認する。
「そろそろ、時間だね」
「アレ、赤月っすよね」
駅の改札口を睨みつけるかのように凝視していた切原が、改札口になだれ込んできた乗客の中の一人を指差す。
ジャッカルがそちらを確認する前に、向こうから大きく手を振ってきた。
「お待たせしました!
わざわざ二人も迎えに来てもらっちゃって、すいません」
小走りに改札を抜けてくると、二人に向かってぺこりと頭を下げる。
「いや、別に俺は一人でも良かったんだけどさー、センパイ達が……」
「赤也が信用ないからだろうが」
「なんすか、それ!?」
実際問題、お迎えに切原が選ばれている理由は『居ても邪魔だから』というものなのだが本人は知らない。
「ま、いいや。
いくぞ、ほら」
「はい!」
「荷物、持とうか。
っていうか何持ってきたんだ?」
手を差し出しながら、ジャッカルが怪訝な顔をする。
手ぶらでいいと伝えているはずなのに巴は手に紙袋を握っている。
「クリスマスケーキです」
「ケーキ!?」
「丸井さんに作ってくるように言われたんですけど」
出がけに見たブン太は、確かにケーキの箱を抱えていた。
あの野郎、どんだけ食う気だ。
「……なるほどね。じゃ、行くぜ」
すっと横から紙袋を奪い取るように手に取ると、切原が先に歩き出す。
「あ、やっぱりこっちもクリスマス気分全開ですねー。
こうディスプレイがにぎやかだと、こっちも嬉しくなっちゃいますよね」
「そうか?」
「はいっ!
特に、今日みたいに今から楽しいことが待ってると思うと尚更です」
そういって嬉しそうに笑う。
「ここら辺は暗くなるとイルミネーションも派手だぜ」
「そうなんですかー。
残念ながら、その前にはもう戻らなきゃいけないですが」
ジャッカルの説明に、少し惜しそうに巴が言う。
そういや夜は青学との先約があるんだっけ。
思い出し、少し複雑な心境になる。
「なあ、赤月」
「なんですか?」
「今から予約しときゃ、来年のクリスマスは、一日中こっちいれる?」
急な切原の言葉に、巴は一瞬きょとんとした顔をした後に苦笑した。
「そんな先のことは、約束できないですよ」
「じゃ、正月!
新年会は、どうよ」
「……それは、別に予定ないですけど」
「よし、じゃ、決まりな!」
「はい、じゃあ新年もまた立海の皆さんと新年会ですね」
「え、……あ」
別に宴会にかこつける必要なかった。
『みんないっしょ』でなくてよかったのに。
「…………」
「な、なに笑ってんすか、ジャッカル先輩!」
「いや、別に?
とりあえず、年明けの話よりも今が先だろ」
肩を振るわせつつのジャッカルの台詞に、唇を尖らせる。
まあ、確かにその通りなんだけど。
「ほら、到着」
「お邪魔します……?」
少し妙な静かさを不思議に思いながらも指し示された部屋の戸を引くと、いっせいにパン、という破裂音とともにクラッカーの紙ふぶきが舞い落ちる。
「Merry christmas!」
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