それは、とても唐突な発言だった。 「え?」 週末に久しぶりに一緒に練習をしたその帰り。 思わず聞き返した巴に、仁王は先ほどの台詞を繰り返した。 「だから、お前さんに贈り物があるぜよ。こないだ誕生日じゃったろ」 確かに先日は巴の誕生日だった。 しかしそれを仁王に伝えた記憶はない。 自分からそんな話題を振ると、まるで祝って欲しいんだと言わんばかりだと思ったので自粛していたのに。 「違うたかの?」 「いえ、合ってます。合ってますけど、なんで知ってるんですか?」 「そこはそれ、深く気にしなさんな」 巴の質問を笑顔で煙に巻く。 ものすごく気になる。 けどこれは尋ねても教えてもらえそうにない。 そんなことより、と仁王は言葉を継いだ。 「プレゼントを渡すから、手ぇだして目、つぶりんしゃい」 「え、な、なんでですか!?」 身構えた巴を仁王はいかにも楽しそうに見ながらわざとらしく苦笑してみせる。 「今日の巴は『なんで』ばっかりじゃの」 「仁王さんが訊きかえしたくなるような事ばっかり言うからじゃないですか!」 「そうかいのう?」 「そうですよ!」 これが別の誰かだったら巴だって訊きかえさない。 しかし仁王に『目をつぶれ』と言われて素直に瞼を閉じる人間は仁王のことをよく知らない人だけだ。 幸か不幸か巴は仁王のことをそれなり知っている。警戒せざるを得ない。 「普通に手渡してもつまらんじゃろ。心配せんでも妙なもんは手渡さんよ」 「ほ、本当ですね!?」 「本当ぜよ」 そこまで確認をいれると、巴は覚悟を決め胸の前で小さく両手を広げ、瞳を閉じた。 暗闇は不安を煽る。 この手に何を渡されるのか。 いやでも誕生日プレゼントなんだし、ちょっと警戒しすぎなのかもしれない。 そんなことを考えながらきゅっと固く目を閉じている巴の姿は本人の意に反して無防備そのものである。 仁王は若干上体を屈め両腕を伸ばす。 その腕は巴が差し出した手を通り過ぎ、貝細工の小さな花がトップについた華奢な金色の鎖を首にかける。 長い髪の上から金具を留めると、手を放す前にそっと顔を近づけた。 巴は、まだ目を閉じている。 そのまま、唇に触れた。 「……!?」 視界を遮っていると他の感覚が鋭敏になる。 髪に触れた感覚でペンダントか何かを首にかけているのだろうかと予測していたのだけど、そのあとは予想外だ。 即座に後ろに下がろうとしたが、仁王の両腕はまだ巴のうなじのあたりから動かされていない。 開いた目に映ったのは近すぎる距離で楽しそうに笑う仁王の顔。 直視できないが多分、仁王の瞳には真っ赤になって動揺している自分の姿が映っている。 「だだだだだ、騙しましたね!」 「嘘は言うとりゃせんよ」 抗議するが、仁王はしれっと言い逃れる。 確かに嘘は言っていない。 「……と、とにかく、いきなりは卑怯です!」 「そうかの」 「そうですよ!」 とぼける仁王に断言する。 そしてそろそろ手を放して欲しいのだけど。視線の逃げる先がない。 「それじゃ、いきなりでなければいいんじゃろ」 「え」 右手だけが巴のうなじから滑るように彼女の顎に移動する。 そのまま、軽く上を向かされる。 「え、あの」 蛇に睨まれた蛙、という言葉が頭に浮かぶ。 吐息も感じられるほどのギリギリまで近づいたところで仁王はピタリと動きを止め、目を細めて笑った。 「そうじゃ、言い忘れとった。誕生日おめでとうさん」 ――― Happy birthday !――― |