青春台にある商店街。
その中にある一軒の雑貨店。
そこは巴のお気に入りの店である。
中学生の身では財布の中身も寂しく、買い物をする事は滅多にないが、センスのいい雑貨が一見雑然と、その実丁寧に考えられて並べられている様を眺めるだけでも楽しい。
そんなわけでこの辺りを訪れる際には巴は大抵ふらふらとこの店に立ち寄る。
この日も、やはりそうだった。
時間を忘れて小物に見入っていた巴の肩がふいに軽く叩かれた。
誰か他の客に当たってしまったのだろうかと振り返った巴の目が驚きに見開かれる。
「仁王さん!?」
見間違いようもないが、信じられない。
そこにいたのは、神奈川在住の筈の仁王であった。
二の句を告げない巴に仁王がにこりと笑いかける。
「なんじゃえらい熱心に見とったけど、なんぞ欲しいもんでもあったんか?」
「いえ、ただ見ていただけで……って、なんで仁王さんがこんなところにいるんですか?」
動転している巴が面白いのか、仁王は楽しそうだ。
しかし滅多に会う事がない相手がしょっちゅう立ち寄る場所にいるというのも妙な気分だ。
風景も、目の前に居る相手も馴染みではあるのだけれど、その二つが一緒になっているだけでなんだか初めて見るようで。
「まあ、種明かししてしまえばなんてことない話なんじゃが。
練習試合でこっちの方に来て、その帰りにちょいと買い物に寄ったら、前にお前さんが言うとった気に入りの店らしいんがあったから入って見た。
したらお前さんがおった。それだけじゃ」
まあ一言でまとめたら偶然、じゃな、と仁王は簡潔にまとめた。
確かに以前一緒に練習をした時に何かの話の流れで青春台にお気に入りの店があると話した記憶はある。
しかしそれを覚えてくれていたとは。
予想外に会えたことも嬉しいが、その事実もまた嬉しい。
「仁王さん、まだ時間あるんですか?」
巴の質問に、少し仁王が眉を寄せる。
「それがの、残念ながらあまり無いんじゃ。そろそろ駅に向かわんと」
「そうですか〜……」
がっかりして巴が肩を落とす。
が、すぐに気を取り直して威勢良く顔をあげる。
「じゃあ、せめて駅まで一緒してもいいですか?」
「ああ、ええよ」
訊くまでもない。
しかし、駅までの道は短い。
特に誰かと話しながらだとなおさらだ。
あっという間に駅の姿が見えてくる。
話したい事は沢山ある筈なのに、なんとなく口数が少なくなる。
切符を改札に通す直前、ふいに仁王が口を開いた。
「さっきの話じゃけど、完全にホントのことは言うとらん」
「へ?」
さっきとはなんの話の事なのか。
咄嗟には理解できない巴にはかまわず仁王は言葉を継ぐ。
「あの店に入ったんはお前さんがおらんかと思ったからじゃ。
万が一にでも会えんかと思うて。……会えて良かった」
せっかく彼女の住む街の近くに来たのに連絡を取るほどの時間はない。
巴がいればいいと、そう思って入った雑貨店。
本当に彼女がいるとは仁王自身も期待してはいなかった。
それだけを言うと、仁王は巴に背を向けさっさと改札を通る。
数歩歩いたところで、背中に声をかけられた。
「仁王さん! 私も今日はちょっとでも会えて嬉しかったです!
今度はゆっくり会いましょうねー!」
周りの人が驚いて思わず振り返る程の大きな声。
振り返った先には満面の笑みでこちらに手を振る巴の姿。
苦笑を浮かべると、仁王も軽く巴に手を振り返した。
ああ。
やっぱり、ほんの一時でも、会えてよかった。
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