「巴はバレンタインには誰ぞにチョコレートはやったんか?」
唐突にそんなことを訊ねてきた仁王に、巴は眉を寄せて考えこんだ。
「んー……あげたような、そうでないような……」 「なんじゃ、そんなに難しいことを訊いたかの」
あげた、あげないの二種類しか答えはないと思うのだが。 忘れてしまうほど前の話でもない。
「いえ、包みだけはあげたといえばあげたんですが、 中身は私が食べちゃったんでその場合はどっちになるのかな、と」 「は?」
訳がわからないがどうやら本命はなかったらしい。 この理解不能なところがいかにも巴らしいと妙に納得しつつも密かに安堵する。
「まぁ、とりあえず俺にくれんかったゆうことだけは知っとるがの」 「当たり前ですよ」
仁王の言葉に巴が即答する。
「知り合ってもない人にチョコなんてあげません」
当たり前とはまた風当たりが厳しい。 何を妙な事を、とでも言わんばかりの巴の言い方に、少し反論を試みてみる。
「そうかの? 知り合いでもない人間からチョコレートをもらうことはあるぜよ」
仁王の言葉も尤もなので、巴も、今度は少し考えてから答えた。
「……訂正します。 私は、知り合いでもない、ましてよく知りもしない人にチョコはあげません」
まあそうだろう。 絡んではみたが、バレンタイン当時仁王と巴はお互い試合会場で顔を合わすことはあっても言葉を交わしたこともない関係だ。 そんな頃にチョコレートなど贈る筈もないし、仁王もまた受けとらない。
「ほうか。なら来年は貰えるんかの? こうして知り合いになっちょるし、俺の事もよう知っとうが」
そんな事を口にしてみる。 冗談めかして、しかし本気で。
仁王の言葉に一瞬驚いたように黙りこんだ巴だったが、すぐにいたずらっ子のような笑顔を浮かべて言った。
「それは、ちょっとわかりませんねぇ」 「なんでじゃ?」
「そんなに先の事は断言できませんよ。 これから先何があるかわかりませんし、来年の2月は仁王さんと音信不通かもしれないです」
それはない。 絶対ない。
しかしこれから何が起きるかわからないという言葉には少しドキリとする。
実際問題つい先頃……正にバレンタインの頃には、自分が誰かに来年のチョコレートをねだっているなど想像もしていない。
「それに……」
さらに巴が唇を開く。
「私、まだ仁王さんのこと全然知りませんよ? まだまだ知りたいこと、いっぱいあります」
楽しげに仁王を見あげながら言う。
かなわんのぅ。
そんなことを思う。 駆け引きが上手いのか下手なのか。 おそらく何も考えていないだけだろうが。
「そうじゃの、こっちも巴の事はわからん事ばっかりじゃ」
「そうですか? ……そんなことないと思いますけど。 でもまあホラ、女の子には秘密があるもんですから」
そんな事を言って笑う巴を仁王は引き寄せ、その耳元に唇を寄せ囁いた。
「ほんなら、来年までにその秘密とやらをじっくり引き剥がさせてもらおうかいの」 「……!」
そう、あわてて予約なんかしなくても、今からずっと傍にいればいいだけの事。
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