苦虫を噛み潰したような顔、という言葉がある。 それがどういう状況なのかはサッパリわからないけれど、今の切原の表情はまさにそれだろう。 まただ。 これで何回目だ? 初詣の約束をして、待ち合わせ場所で切原を待っていたのは立海の先輩達だ。 当然、切原は彼らと約束をした覚えは全くない。 というよりもむしろ隠そうとしていたと言うのが正解だ。 なのに。 しかも本来待ち合わせの相手だったはずの巴もばっちりその輪の中で切原に手を振っている。 巴が全く困った様子がないのがまた切原の機嫌を悪くさせた。 一瞬、自分がもう少し早く到着していたら上手く巴と二人で初詣に行けたんだろうかと考えたがそれはありえないと考え直した。 言い訳でなく、そんな凡ミスを先輩達がするとは思えない。 「切原さん、あけましておめでとうございます!」 こちらの気も知らず、巴は笑顔で切原に新年の挨拶をする。 落ち着け。わかってる。 ここで巴を責めるのはお門違いだ。 「おめでと。……着物なんか着てんだ」 「はい! お正月ですから!」 「柳君と私も着物ですよ」 「……先輩らがどんな格好だろうとどうでもいいっス」 「ふむ、予想通りの答だな、赤也」 つーか、会話に割り込んでくんな。 と、口に出せるほど切原は命知らずでもない。 諦めて、神社へと歩き出す。 「にしても切原さん、立海の人たち皆と一緒だってなんで言ってくれなかったんですか?」 「はぁ?」 思わず声が大きくなる。 そんなわけない。 「昨日仁王さんから時間の確認の電話があって初めて知ったんですから」 「ははは、切原も言い忘れたんだよ、きっと」 「赤也はウッカリ者じゃからのう」 朗らかに笑う幸村部長と仁王に黒い尻尾がないのが不思議なくらいだ。 忘れるどころか俺なんか今さっき初めて知ったっつーの。 どうせ仁王先輩が舌先三寸で巴を丸め込んで場所も聞き出したんだろ。 この人たちはどうしてこう嫌がらせに全力を傾けてくるのか。 事前に防止できたためしがない。 「……真田先輩までいるんすね、今日は……」 「うむ。 一年の計は元旦にありというからな。 今年の目標と抱負を神前で誓うというのは悪くはない」 こちらは邪気のカケラもないが、また空気を読む、という技能もからっきしである。 まさにオールスターだ。 全く嬉しくないが。 ちなみにジャッカルは先程から決して切原と視線を合わそうとしない。 ブン太は沿道の屋台に夢中だ。 この人ら、なんでわざわざ付いてきてるんだ? 元旦の神社周辺はかなりの人手だ。 しかし、故意にはぐれてしまうのもまた無理っぽい。 自分だけ取り残されているのが関の山だ。 そんな事を考えている切原の左腕が軽く引っ張られた。 巴が、切原の上着の袖を軽く掴んでいる。 「……何」 「切原さんが、歩くの早いから置いてかれそうだな、って思って」 「あー……わりぃ」 そういえば、巴は着物だった。 いつもと同じペースで歩いている切原について歩くのは厳しいだろう。 「つーか人多いのわかってんだから動きやすいカッコでくりゃ良かったのに」 「だって、せっかくお正月なのに」 巴がちょっと怒ったように言う。 切原だって、別に二人だったら絶対そんな事言ってない。 先輩達がいるのを判っていて巴が晴れ着を着てきた、というのが気に入らないだけだ。 ざわめく参詣客の群れの中では隣りあわせの相手の声がやっと聞こえる程度で、すぐ側にいる先輩達の声もよほど大きな声を出していない限り耳に届かない。 「……なあ」 「はい?」 「オマエ、それ、俺と二人だったとしても着てきた?」 先輩らがいるからってこと、ない? 巴は少し驚いたような顔をして、それから呆れたように笑った。 「私、リョーマ君のところに居候してるんですよ」 「知ってっけど?」 「着物なんて、持ってきてるわけないじゃないですか。 年末に切原さんが初詣にさそってくれたから、慌てて家から送ってもらったんですよ」 切原の左袖を掴んでいた右手が離れた。 下におろされたその手を、切原の左手が握る。 「ホントか?」 「ホントですよ」 チョロい。 チョロすぎる。 たったそれだけでめちゃくちゃ浮上してる自分が我ながら簡単すぎる。 けど、まあいいか。今シアワセだから。 「あ、順番まわってきましたよ! お賽銭お賽銭」 慌ててサイフを取り出す巴によって繋いでいた手は簡単にほどかれる。 それに内心溜息をつきつつ、切原もまた賽銭を放り投げる。 「赤也の奴、随分熱心に祈っとるのう」 「賽銭悩みながら100円玉投げてたぜ」 「まあ、願い事はなんとなくわかるけどね」 神様、次のバレンタインは先輩らに邪魔されませんように。 |