「あ〜! クソっ!」
誰に言うでもなく悪態をつくと切原は芝生に寝転がった。
最悪だ。
今は誰とも顔を合わせたくない。
だからあまり人目につかない場所を選んだ。
それなのに。
「あ、切原さんみっけ」
それなのにどうしてコイツはあっさりと自分を見つけてしまうのか。
自分を見下ろしているのは巴。
先ほど常勝立海大付属に敗北を味わわせた青学の一人。
とは言っても彼女は当然ミクスドの選手なのでそう切原と面識はない。
無視しようかとも一瞬思ったが、思い直してちらりと巴に目線をやり、一番気になっていた事を訊ねる。
「……大丈夫だったか?」
「へ? あ、不二先輩の事ですか? もう全然問題なしですよ!」
そう言って笑う。
大丈夫な訳ない。硬式のテニスボールを至近距離でぶつけられたのだ。
そんなラフプレイをしかけるような相手に試合終了後のんきな顔をして話しかけてくる事自体気が知れない。
気を遣っているつもりなのだろうか。
「あー、カッコ悪ぃ……」
思わず知らず口から言葉がもれる。
「カッコ悪いって、何がですか」
「あんなことまでした上に負けた事がだよ」
スポーツマンシップと程遠いプレイをしてもある程度黙認されていたのは、それで勝利を得る事ができていたからだ。
自分でもそれくらいの事はわかっている。
負けは許されない立海大。
あの草試合以降、二度と負けないと誓ったのに。
よりにもよって、また青学に。
何も反応がない。
顔をあげると、こちらを睨み付ける巴とまともに目が合う。
「な、なんだよ」
その力強さに若干ひるむ。
巴は少しの間無言で切原を見下ろしていたが、やがてこう吐き捨てた。
「あー、そうですね。
すっっっっっごくカッコ悪いです!」
明らかに侮蔑含みのその語調。
別にフォローして欲しいとは思ってないが自分の発言にここまで不快感を示されるとも思ってなかった。
「だけど、それは負けたからじゃないですよ。
そーやって勝ち負けばっか気にしてぐだぐだ言ってるのがカッコ悪いんです」
「って、お前に何が分かるんだよ!」
思わず言い返した切原に巴がさらに言い放つ。
「わかりませんよ!
あんなにテニスが出来るのに、不二先輩にボールぶつける気持ちも、あんなにすごい試合をしておいて勝ち負けばっか気にする気持ちも、私には全然わかんないですよ!!」
わからないのはこっちもだ。
どうして、自分のことでこんなに巴が激昂するのか。
どうして、泣きそうな顔をするのか。
彼女が、何を訴えたいのか。
ただ、自分を責めたいのか。
混乱のまま、黙り込んだ切原に、巴が独り言のように言葉を落とす。
「不二先輩が、『見えなかったから勝てたんだ』……って言ってました」
白熱した試合。
よく知っているはずの先輩の、まったく違うテニス。
遥か高みの試合。
目の前で展開されているはずなのに、ひどく遠かった。
自信を喪失したのとは違う。
元々、それほど上に自分があるとは思っていない。
だけど。
今の自分はたどり着けないところで戦う二人が、ひどくうらやましかった。
感じたのはきっと焦燥。
なのに、当の本人がふてくされているのが腹立たしい。
いや、違う。
悔しいんだ。
その価値をわかっていないかのようなその態度が。
「私じゃ、まだあんな試合はできません。
何がカッコ悪い、ですか! たとえカッコ悪くたっていいじゃないですか!
贅沢ですよ! それに」
それに、カッコ悪くなんかなかった。
そう言いかけて巴は思いとどまった。
言ってやることなんてない。
カッコ悪いどころか、正反対だったなんて、そんなこと絶対言わない。
「それに? なんだよ」
きっちり言葉尻を捕らえていた切原に巴は舌だけを出すとその場を駆け去った。
「なんなんだよアイツ……」
突然説教をくらい、また突然置いていかれた切原としては訳がわからない。
しかし、
「まだ、って事はいずれ到達する気満々なワケか、アイツ」
大した自信である。
確か、今年に入ってからテニスを始めたど素人だと聞いた。
しかしとは言ってもあの青学でレギュラーを維持している素人だ。
ミクスドの、しかも女子選手になんてまったく興味はなかったのだけど、彼女がどんなテニスをするのか、見てみたくなった。
惜しいことをした気分だ。
まあ、全国大会で見せてもらやぁいいか。
身体を起してその場を後にする。
ここに寝転がったときのクサクサとした気分は、少し薄らいでいた。
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