嫌われてはいない。それだけは自信がある。
でなければこれだけ離れているのに一緒に練習などしないだろう。 ただ、それに特別な感情が入っているかどうかという事になるとお手上げだ。さっぱりわからない。 元々柳や仁王のように心理戦は得意ではない。
理由のわからないギクシャクした状態が続いているものの、相変わらず切原と巴は相変わらず一緒に練習を続けている。
そして、そんなこんなでまた休日はやってくる。
「悪ぃ、お待たせ!」
そう言って巴のそばに駆け寄った切原だったが、返事がない。 十分の遅刻。 ノーリアクションでいるには遅いが、口も利いてもらえないほどの遅刻ではない。
「おい、どした?」
座っていた巴の顔を下から覗きこんで、やっと切原は彼女が眠っていることに気づいた。
「ったくしゃあねえなぁ、こんなトコロで」
そんなことを呟きなら彼女の横に腰を下ろす。 いつもは自分の方がよく眠りこけている上に、本日遅刻したのは彼なのだが。
起こすべきか起こさぬべきか。
さっさと起こしてしまうとこっちの遅刻を怒られそうたからなー。 けど遅刻したのなんてほんの少しだぜ? コイツいつからここにいてこんなに熟睡してんだ?
なんてことを考えていると、ふと巴が何事か口にした。
今度は寝言か。
「……ら、さん……」
え。今呼んだの、俺の名前? 一瞬そう思ったが、当然寝言なので囁くような声でイマイチ判別がつかない。
「…………」
たったそれだけ。 それだけで簡単にリミッターは振り切られた。
「おい! 巴!」
「ひゃあっ! な、なんですか!?」
いきなり大声を出されて巴が飛び起きる。 目の前に切原の顔を確認して、慌てて時計に目をやる。
「あ、私眠っちゃってました? ここ、日当たりがいいからつい……」
言いながら、何気に切原から距離を取ろうとする。
が、今日に限ってそれは成功しなかった。
突然両肩をつかまれて逃げ場を封じられる。 目を泳がせるが、視界から切原を消す事が出来ない。 変に動揺している自分を見せたくないのに。
そして、なんで今、切原は自分を逃がしてくれないんだろう?
「巴、俺の事、好きか?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「な……ななな、ナニ言うんですかいきなり!」 「いいじゃん、なあ、言えって」 「やですよこんな所でそんないきなり!」
「じゃ、場所を変えたら、言ってくれんのか?」
逃げ場を探していた自分の心を見透かされたような言葉に、びくりとする。
居心地のいい今に浸っていたい思い。 自分自身の気持ちに蓋をしている現実。
『アンタ自身は切原さんの事、どう思ってるの?』
本当は、知っている答。
「……切原さんは、どうなんですか?」
巴の切り返しに、一瞬詰まってから答えが返る。
「バカ、嫌いな人間にわざわざんなこと訊くかよ」
ある意味尤もな答え。 しかし、それで少し安心した。
「切原さん。 答えるから、手、離してください」 「お、おう」
巴の言葉に、切原が巴の肩から手を離す。 自由になった瞬間、巴が切原に顔を寄せた。
頬に触れた一瞬の感覚。
「…………!」
予想外の行動。
「今のが、答えです」
さらに顔を合わせづらくなったのでカバンを手に取ると足早に歩き出す。 多分、今、耳まで赤い。 心臓が口から飛び出すというのはこういう状態を言うんだろう。きっと。 慌てて切原が後を追う。
「ちょ、ちょっと待て、巴! 不意打ちは卑怯だろおい!」 「卑怯じゃないです。 テニスクラブ、行きますよ!」 「……な、もっかい」 「ダメです! 却下です! もうしません!」
これが、始まり。
―――Fin.―――
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