シンプルなシフォンケーキ。パウンドケーキに焦がしバターの香ばしいフィナンシェ。 定番中の定番、イチゴのショートケーキにチーズケーキ。 見るからにぎっしりと中身が詰まっていそうなガトーショコラ、アップルパイに、チーズタルト。 釜焼のプリンになめらかなムース。キラキラのガラス細工のようなクラッシュゼリー。 一般の店頭に並んでいるそれよりも幾分小ぶりなスイーツの数々。 色とりどりのフルーツ。 そして、口直しの為なのだろうか、端にはサラダとパン、サンドイッチまで。 「……パラダイスです……!」 両手を握りしめて巴が目を輝かせる。 そしてブン太はそんな巴に構わず早々に皿をもって手当たり次第にスイーツを盛っている。 そう、本日二人が来ているのはケーキバイキングだ。 ホワイトデーのお返し代わりに、と本日ブン太が巴を連れてきたのだが巴はケーキバイキングなど初めてだ。 目の前に大量にセットされているスイーツの山に大はしゃぎである。 あれにしようかこれにしようかと悩んだあげくに選び抜いた品を皿に乗せ、やっと席に着く。 向かいに座るブン太の皿に盛られたケーキはすでに半分以上消えている。 「ブン太さん、すごいペース早いですね」 「ん? こんなもんだろ? 迷ったってどうせ全部食うんだし」 ブン太はいとも簡単そうに言うが、あの沢山のケーキを全種類食べる事なんて普通無理だ。 そう思いつつ、巴は取ってきたショートケーキを一口、口に入れる。 「〜〜〜っっ! おいしい〜!」 思わずその場で足踏みしたくなるがさすがに我慢だ。 ケーキ自体そんなにしょっちゅう食べるもんじゃないのにそれがこんなに一度に好きなだけ食べていいなんて、バチがあたるんじゃないだろうか。 幸せを噛みしめながら食べ進めていると、こちらをブン太が見ていることに気が付いた。 「……なんですか?」 「いやぁ? お前めっちゃくちゃ幸せそうな顔して食うなって思って」 「ひ、人の顔じろじろ見るのは失礼ですよ! いいじゃないですか、実際幸せなんだから!」 今絶対気の抜けた間抜けな顔してた。 油断しまくっているそういう顔を見られるのは、嬉しくない。 抗議したもののブン太はニヤニヤと笑うばかりで堪えている様子がない。 せいぜい気を引き締めようと思いはするものの、食べているとついつい頬が緩む。 とは言ってもブン太だって別に延々巴の顔だけを眺めているわけではなく、しばらくは二人で席を立ってケーキを取りに行ってはまた戻るの繰り返しが続く。 とはいっても甘いものは満腹中枢を刺激しやすい。 段々と席を立つペースは遅くなる。 「にしても、美味しいですよね、ここ」 「だろぃ? オレ様の一押しだからな」 「……高いんじゃないんですか?」 おそるおそるブン太の顔を窺い見る。 ちなみにブン太は来店時と然程変わらないペースでケーキをがっついている。 「心配すんなって。お前に払えとか言わねえから」 「そういう心配してるんじゃないですよ!」 「んじゃ何?」 ブン太が首をかしげると、巴はカップに入った紅茶をスプーンでかき回しながら気まずそうに言う。 「だって、ホワイトデーのお返しだからって連れてきてくれたじゃないですか。 ……先月私が渡したチョコレートケーキって所詮素人の手作りですし、分不相応な気がして……いたっ」 材料も技術も当たり前だが比べ物にならない。 が、言っている途中でブン太の手が伸びてきてデコピンされた。 「ばあああぁぁぁあっか」 「ば、バカってなんですか! バカって!」 「バカだからバカじゃねぇか。 いいか? ここのケーキは確かにうめぇけど金出しゃ誰でも食えんだよ。 お前の作るもんは、特にバレンタインのケーキなんか超限定品じゃん。つーかオレ様だけのもんじゃん?」 そもそもお前のケーキだってあれはれで超うまいって。 うらめしげに睨みつけたのに、笑ってそんなことを言う。 こんな美味しいケーキの味を知ってるくせに。 「ほらそんな事言ってる間に食え食え」 「っていうかそろそろお腹ふくれてきたんですけど」 「マジ!? お前小食だな」 「違います。ブン太さんの食べる量が多いんです」 反論しながらブン太の皿を見るともなしに見ると、ティラミスが乗っている。 端から端まで見て回ったつもりなんだけどティラミスなんて見た覚えがない。 「ブン太さん、そんなの、どこにありました?」 「ん? ああこれか? さっき奥から出てきた」 「違う種類のが追加されたりするんですか!?」 ずっと最初から最後まで同じなのかと思っていた。 ちょっと気になるけれど、けっこう大きい。 取りに行くのを躊躇していると、ブン太が持っていたフォークでティラミスを指し示す。 「分けてやろうか?」 「いいんですか? お願いします!」 嬉々として自分の皿をブン太の方に寄せた巴だったが、ブン太はそこにケーキを載せてはくれなかった。 フォークをスプーンに持ち替えて、ティラミスを一口分のせる。 「あーん」 「…………!?」 予想外の行動に固まった巴に、ブン太は面白そうにティラミスの載ったスプーンを差し出す。 「ほら、欲しいんだろ? あーん」 「いや、あの……お皿にで……」 「お願いしますっていったじゃん」 ひっこめてくれる様子はない。 観念して口をひらく。 口の中に甘いお菓子が入ってきたが、味わう余裕は残念ながら巴にはない。 「ありがとう、ございます」 「はい、次」 「も、もう結構です!」 「まあそう言うなって」 心底楽しそうにブン太がまたスプーンをこちらに突き出す。 恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。 「……ブン太さん、私が恥ずかしがってるの見て楽しんでるでしょ」 「だって予想以上に可愛い反応すっから。すげぇ楽しい」 「か、かわっ……!」 取り繕いもせず堂々と言い切った。 羞恥と呆れで二の句が継げない。 さらにもう一度、とブン太が手を動かそうとするので慌てて首を横に振った。 「もういいです!」 「遠慮しなくていいんだぜ? 今日はお前にお礼する日なんだし」 「じゅーぶんにしてもらいました! ブン太さんわかんないかもしれないけどこれものすっごい恥ずかしいんですから!」 お腹だけでなく胸まで一杯だ。 気を落ち着かせるためにカップを口元に運ぶ。 「んじゃ、さ。交代する?」 「……交代?」 「食べさせてくれてもいいぜ」 逆に私が、ブン太さんにケーキ食べさせる。 …………ダメだ。それ同じくらい恥ずかしい。 想像だけで早急に却下した。 「きょ、今日はしてもらう日なんですよね。だからしません!」 精一杯冷静さを保とうとしつつ言うと、ブン太は我が意を得たり、といった風に不敵に笑った。 「それじゃ今日以外ならいいってことだな」 「え、え、えええ!?」 手に取ったカップは、もう空だった。 |