彼女の料理







 ほうれん草のごまよごし。
 焼き魚。……味噌漬けかな?(確認すると『銀だらの西京焼』です、と言われた)
 芋のにっころがし。
 鶏の照り焼き。
 そして、びっくりするくらいに薄く巻いてある玉子焼き。
 それらのおかずの横にはオニギリがごま塩を振っているものと海苔を巻いてあるものが交互にお行儀よく並んでいる。

「……おー。意外」

 弁当箱を開いた瞬間のブン太の言葉に巴は少々拗ねたように唇をとがらせた。

「だから言ったじゃないですか。オシャレなお弁当とかは作れませんよ、って」
「え、なんで怒ってんの。褒めたんだぜ」


 ブン太の言葉に、あれ、そうなんですか、と驚いたような顔を見せる。
 しかしまあ確かにオシャレではない。
 全体的に渋いというかなんというか。
 イメージとしては彼女に作ってもらったお弁当というよりはおばあちゃんのお手製弁当である。
 もっともブン太としては旨ければ見た目の印象なんてどうでもいい。

 とりあえず黄色がぱっと目を惹いた玉子焼きをひょい、とつまんで口にする。

「あっ、なんで手で食べちゃうんですか! ちゃんとお箸あるのに!」
「いーじゃん細かい事気にすんなって。あー、やっぱうめぇ」


 箸を手に取り、本格的に食べる態勢に入る。
 しかしなんだろう。
 肉はある。卵の黄色にほうれん草の緑、と色彩だって悪くない。
 豪華な弁当に入ると思うのに、『オシャレ』な弁当との違いは。


「あ、そっか」


 そこまで考えたところで気がついた。
 もっとも、意識の大半は食べる事に向いているのだが。


「揚げ物がねぇんだ」

 唐揚げやフライがないので渋いイメージになっているのか。
 何気なく気がついて呟いたその言葉を、当然巴はバッチリと聞いている。


「……やっぱり、揚げ物欲しかったですか?」
「いや別に。お前が言う『オシャレな弁当』ってのと何が違うのかな、って思っただけだけど」
「揚げ物は難しいんですよ!
 基本的に私洋食作るの苦手だし、第一揚げ物すると台所が汚れるし、朝から揚げ物臭させると家族の人に迷惑だし……」

 しまった。
 何か巴のコンプレックスを刺激してしまったらしい。
 しかし、台所が汚れる、揚げ物臭がどうだのという発想は一般中学生女子にはあまりないのではないのだろうか。
 ああそうか、とブン太は巴が越前リョーマの家に居候しているのだ、という不快な現実を思い出す。

 ブン太は今しがた箸でつかんだ玉子焼きを見る。
 結構分厚いそれは、端の部分等は勿論入っていない。
 と、言うことはだ。
 残りの部分は越前家の人間が、ひいてはリョーマが口にしているかもしれないのだ。


 狭い。
 我ながらあまりに器が狭い。


「……あの、もしかして塩の塊でも入ってました?」


 うかがうような巴の言葉にハッと我に返る。
 思い切り不機嫌が表情に出てしまっていたらしい。


「いや、まさか! 旨いって」


 取り繕ったような台詞だが実際旨いのだ。
 合宿の朝食で初めて食べた時よりもさらに旨いような気がする。
 と、そこである事に気がついた。


「あれ、そういえば合宿の朝メシで食べたときってこんなに玉子焼き薄かったっけ?」
「いいえ、もっと分厚かったですよ」


 ふるふると巴が首を横に振る。


「あったかい時ならともかく冷めたらやっぱり玉子焼きは薄い方が美味しいんですけど、手間がかかるんで合宿の時は大人数一気に作らなきゃいけなかったからちょっと短縮しちゃいました」
「へえ。確かにこっちのが旨いわ」
「なら良かったです! ブン太さんが合宿の時の玉子焼き美味しいって言ってくれてたから頑張ったんですよ。久しぶりだから失敗しないかちょっと心配だったんですけど……」


 そっか。
 これは俺のためだけだからこんな薄いのか。
 他の誰のためでもなく。


「ごっそーさんでした」

 キレイにカラになった弁当箱を前に両手を合わせる。
 そして、弁当箱を片付けている巴に言った。


「なー、今度は俺様んち来てメシ作ってくんない? 弁当もいいけど、作りたても食ってみたいんだけど」


 その言葉に、巴は「喜んで!」と満面の笑みで答えた。
 内実ブン太が「家で作ってもらえば巴の作ったもんは100%俺様のもん」などと考えている事は知る由もない。



うちの玉子焼き超薄いです。

2011.10.31.

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