「チョコバット」
「……チロル」
「ココアシガレットじゃろ」
「えーっと、すいませんちょっと待ってください」
この調子だと延々同じような商品名が続くことは目に見えている。
渋い表情で巴が手を広げて中断した。
誰も駄菓子で古今東西をやれとは言ってない。
「私は、丸井さんが好きそうなチョコレートのお菓子はなんですか、って訊いたんですけど!
なんで駄菓子のオンパレードなんですか!
しかも仁王さん、ココアシガレットってチョコじゃないじゃないですかっ!」
巴の剣幕に、先ほど発言した三人―――柳とジャッカル、仁王―――は顔を見合わせた。
「いや、でも実際あいつよく食ってるぜ?」
「ココアシガレットは、チョコとは違っとるかの」
「ココアとチョコレートの原料は確かに同じカカオ豆だが、精製方法が異なるので確かにチョコレートの菓子とは言いかねるな。具体的に言うと……」
「だから、ココアシガレットは今いいんですってば!」
「ならセコイヤチョコ」
「だーかーら!」
ジャッカルはともかく、あとの二人は徹頭徹尾不真面目だ。
横から、見かねたのか柳生が間に入る。
「皆さん、真剣に悩んでいる女性をからかうのは感心しませんね」
「柳生さん……!」
さすが紳士。
後光が見えそうだ。
思わず拝みそうになる。
「バレンタインのチョコレートの話をしているんですよね、巴さんは」
「あ、そう、そうなんです!」
この時期にチョコレートの話なんてしたらそんなことは当然わかり切っているのだが、散々な回答を先ほど受けたばかりなので当たり前の事に感動する。
「とは言ってもですね、巴さん。
彼は甘いものを好んでいますし、さらに言えば貴方からの贈り物です。
なんだろうと喜ぶとは思いますけれどね。そう、たとえチョコボールでも」
「お、高級品を挙げたのう、柳生」
「柳生さんまで〜……」
50円未満が100円未満になっただけで高級品もない。
ガックリと巴は肩を落とす。
「いや、でもマジな話高級店のトリュフ何粒かよりチロルひと箱の方が喜ぶだろアイツは」
ジャッカルの言葉に、黙って巴は恨めしそうな目を向けた。
巴だってわかっている。
ジャッカルの言うとおり、ブン太は質より量を優先するだろう。
そして、柳生の言うとおり巴が渡すチョコレートがどんなものであれ、彼は喜んでくれるだろう。
だけど、せっかく年に一度のバレンタインなのだ。
特別に喜んでもらいたいというのが乙女心というヤツである。
せめて、チョコでもミルクチョコが好きだとか、ガナッシュ系が好きだとか、そういう情報を知りたいのであって普段食べている駄菓子を知りたいわけではない。
そう思って再び口を開きかけた巴だったが、
「おうお待たせー。
アレ、なんだよ皆揃ってんじゃん」
時間切れだった。
せっかく、ブン太がその場にいなくてブン太の情報を教えてくれそうな立海の選手が揃っている、という絶好のチャンスはこれで立ち消えた。
内心溜息をつく。
それが表面上に出てしまっていたのか、ブン太が軽く眉を寄せる。
「なんだよ?
俺様の悪口でも言ってたんじゃねーだろうな」
「まさかっ!」
ぶんぶんと首を横に振る巴に、他のメンバーはニヤリと笑うだけで何も言わない。
ブン太の顔を見ると、明らかに、信用されていない。
「…………ま、いっか。
けどあんまコイツらと話すんじゃねーぞ、巴」
「へ? なんでですか?」
「減る」
「は???」
他のメンツにあかんべえをして、早々に訳がわからないままの巴の手を引いてブン太は歩いていく。
巴は慌てて頭を下げ、柳達に手を振る。
「あ、じゃ、じゃあ失礼します!」
「……やっぱ、チロルで充分じゃと思わんか?」
「同感だな」
すたすたと早足で歩くブン太が、唐突に足を止めた。
手を引かれるままに必死についていっていた巴が、勢いブン太にぶつかりそうになる。
「あ、危ないじゃないですか!
急に止まらないでくださいよ〜」
「……で、なに話してたんだよ」
さっき『ま、いっか』と言っていたくせにやはり気になるらしい。
巴としては蒸し返して欲しくなかったのだが。
けれど、ここでまだ秘密だと突っぱねたらさらにブン太の機嫌が悪くなることは明白だ。
それは避けたい。
気に入らない事があるとブン太ははっきりとそれを表情や態度に表す。
表裏のない性格といえば聞こえがいいが取り繕う事が全くないだけに、ちょっと怖い。
サプライズは、この時点でキッパリと諦めた。
「あーあ、丸井さんだって察してくれてもいいと思うんですけどね」
「? なにがだよ」
乙女ゴコロなんて、さっぱりわかってくれない。
わかりきっていたことだけど。
「バレンタインですよ。
丸井さんがどういうのが好きなのかな、ってリサーチしてたんです。
……まあ、無駄に終わりましたけど」
「へ、あ、ああ!」
今までふくれっつらだったのが、一瞬にして嬉しそうな顔になる。
本当に、表裏がない。
これだけで喜ばれるとこっちも嬉しくて困る。
「おどろかそうと思っていたんですけど、失敗したから訊きますね。
丸井さん、どんなのが欲しいですか?」
「ケーキ!」
即答である。
考える時間なんてあったんだろうか。
脳を経由したとは思えないほどの早さだ。
「チョコケーキってことですか?」
「おう、ワンホールな! 当然お前の手作りで!」
「ワンホール!?」
手作りのチョコレートケーキ。
驚くほどに無難である。
チロルひと箱とか言われたらどうしようとかチラリと思ったのだが、杞憂だった。
しかしワンホール。
当然12cmとかみたいな小さいモノをさしているのではないだろう。
「あの……ワンホールはさすがに、多すぎませんか……?」
「なんで? だって今年はお前からしか受けとらねえもん。そんくらいいいじゃんか」
再び驚くハメになる。
私から、だけ。
「あの……義理チョコとかも受け取らないってことですか?」
「当ったり前だろぃ。
義理も本命も、お前のくれるチョコ以外は俺いらねぇし」
尋ねた巴に当然、といった調子でブン太が応える。
ヤバイ、嬉しすぎる。
天下の立海大付属テニス部のレギュラーだ。
言うまでもなく、人気がある。
更に甘党のブン太のことだ。去年までは大量にチョコレートをもらっていただろうことは想像に難くない。
今年も、本命は知らないけれど義理くらいはもらいまくるんだろうと思っていた。
にやける顔を抑えようとしていると、釘を刺すようにブン太が巴に人差し指を突きつけた。
「だから、お前も他の野郎どもには義理だろうがチョコなんかやんねぇこと! これ絶対!」
「え、家族もですか?」
「当然! バレンタインのチョコを巴から受け取るのは俺様一人で充分!」
子供のような笑顔でそういい切るブン太に、巴もまた笑いながら頷いた。
父、京四郎にチョコレートを渡さない言い訳はどうしよう、なんて思いながら。
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