自信はあるけれど、確信はない。 おそるおそる、巴は調理場の冷蔵庫から目的の物をひっぱりだした。
一度溶かして作り直したババロアは、再びキレイに固まっている。
「よかった〜。 これで失敗しちゃったら朋ちゃんに合わす顔がないもんね」
嬉々としてババロアを部屋に持っていくべく準備をしていると、不意に背後から声がかけられた。
「あ、なんかうまそうなもん作ってんじゃん」 「え?」
振り向くと、男子選手が一人、調理場を覗いている。 特徴的なその赤い髪。 大会で見たことがある。確か……
「えーっと、立海大付属の……」 「丸井ブン太。シクヨロ」
ブン太が人懐こそうな笑みを浮かべる。 そうだ。確かダブルスの選手だ。
「あ、私、青学の赤月巴です。 よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げるが、ブン太の興味は既に巴からほかに移っている。 いや、はじめからそちらが本題というべきか。
「で、それは?」 「……それって、このババロアのことですか?」 「ババロアなんだ。 で、オレの分は?」 「へ? ……これ、合宿所の全員分もあるようにみえますか?」 「全員の分なんていってねぇよ? オレ様の分だけ、あればいいの」
さすがの巴も少し呆れた。 たった今自己紹介したばかりの彼の取り分が何故あるというのだろう。 確か3年のはずなのに、子供みたいだ。 しかし、嫌な印象は全くしない。
「しかたないですねー。 じゃ、一個あげちゃいます」 「おっ、そうこなくっちゃ!」
なんとも嬉しそうなブン太の笑顔に、こちらもつい笑ってしまう。 結局自分の取り分はなくなってしまったが、まあいいかと思えたし。
「おっ、うまいうまい。 わざわざ合宿初日にこんなもん作ってるなんて、マメだなー。 菓子とか、よく作るの?」 「お菓子は確かにたまにつくりますけど、これは違いますよ。 友達が差し入れしてくれたんですけど、 部屋の人たちの人数分に足りなかったんで、一度溶かして等分しなおしてたんです」 「へー、そんなことできんのか。 ……あれ、ってことは……」
ババロアを食べている手が止まる。 ようやく一つのことに気がついたらしい。
「? どうかしましたか?」 「お前、全然これ食べてねぇってこと?」
今まで気がつかなかったらしい。
「ああ、別にそんなこと気にしなくってもいいですよ。 はじめから調理場が借りられなかったら自分の分はガマンするつもりだったし」 「そういうわけにはいかねーだろ。 ほれ」
そう言うと、ババロアをすくったスプーンを巴に差し出す。
「一口、返す」 「え? いいですよ、そんな!」 「いいから食ってみって。 んまいから」 「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ぱくり、とスプーンを口にくわえる。
「あ、本当だ、おいしいですね!」 「だろ?」
「じゃ、私そろそろ部屋に戻ります。ババロア、部屋の皆に持っていかなくちゃ」 「ん、じゃ部屋まで送りがてら持っていってやるよ。 ババロアとっちまったから代わりにって言ったらなんだけど」
ブン太なりに巴のババロアを食べてしまった事を少し気にしているらしい。 ここで断るのも逆に悪いと思ってそのままブン太の言葉に甘える事にした。
テニスのことや、お菓子の話なんかをしているうちに、あっという間に巴の部屋に到着する。
「あ、じゃあここで。 丸井さん、ありがとうございました」 「ん。 じゃあ明日からの練習、頑張れよ。 ……それと」
「はい?」
「今度はお前の手作りの菓子、食べさせてくれよな」 「あはは、わかりました!」 「よーし、絶対だぞ。約束だからな!」
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