その日は、なんのへんてつもない休日だった。
少なくとも手塚にとっては。
アメリカにいると当然洋書には事欠かないが、代わりに日本の書籍は読みたいものがすぐ手に入るとは言いがたい。
日本にいるうちに、と書店で読みたかった本を予定通り購入し、それを抱えてさて家に帰ろうか、というその時に巴に会ったのは偶然だった。
「あ、手塚部長こんにちは!」
「赤月」
手塚の進行方向の方角から一目散に走ってくる。
無事手塚の眼前に到着すると、巴は唐突にこう言った。
「部長、今日はお暇ですか?」
ちらりと目線を自分のカバンに向ける。
今買ってきた本を家で読む。
……というのは予定とは言えないのだろうか。おそらく言えないだろう。
そして、そもそもとっくに部活は引退しているので自分は部長ではないのだが。
そんな事を考えながら、とりあえず質問に簡潔に答える。
「これといって予定があるわけではないが」
「じゃあ、良かったら手塚部長も一緒に来ませんか?」
どこへだ。
よくわからないまま巴に引きずられるように電車に乗り、しばし。
たどり着いたのは新幹線の改札口で、そこにいたのは
「あれ、手塚くん」
白石だった。
どうしてここに白石が来ているのだろう、と思いつつもとりあえず挨拶をする。
「久しぶりだな、白石」
「せやなぁ、手塚くんも元気そうで。何、今は向こうも冬季休暇?」
人好きのする顔でにこりと笑う白石も相変わらずだ。
「さっき偶然手塚先輩に会ったんで、せっかくだから一緒に来てもらっちゃいました」
「ああ、成る程。
なんで手塚くんがおるんやろ、ってびっくりしたわ」
巴と二人和やかに会話をしているが、手塚には何がどうなってこうなっているのかさっぱりわからない。
思わず知らず、眉間にシワも寄ろうというものだ。
「……で、結局白石は今日はどうしてこんなところに来ている?」
白石が首を傾げるようにして巴の方を見る。
「え、手塚くん何も聞かんと連れてこられたん?」
「白石さんみたら驚くかな、と思いまして」
ああ、納得。と白石は一人合点がいったようだ。
「別になんの用もあらへんよ。
単に時間が空いたから遊びに来ただけや」
それだけ。
それだけでわざわざ大阪から。遊びに。
その発想は跡部となんら変わるところがない。
要するに手塚には理解不能だ。
「……そうか」
なので、手塚としてはそう答える他はない。
「ほな、ここでじっとしててもしゃあないし、いこか」
「そうですね。じゃあ行きましょう!」
その“遊びにいく”メンバーに自分も完全に入れられている事に手塚が後れ馳せながらながら気が付いたのはその時だった。
自分は遠慮させてもらう。
そんな台詞が喉元まで出かかったが、あえて手塚はそれを飲み込んだ。
代わりに彼には珍しく「まあ、いいか」と小さな声で呟いた。
そして同日暮れ。
目一杯あちらこちらと連れまわされて、最終的にまた同じ駅に帰ってくる。
白石の東京見物、がおそらくメインだと思うのだが如何せん遊び事に疎い手塚はついていくだけで一杯一杯だ。
テニスをしていないクラスメイトは皆こんなテンポなのだろうか。
「新幹線の時間までまだ少しありますね。私ちょっとジュース買ってきます」
小走りに巴が売店へと駆けて行く。
一番話す人間がいなくなったので、つかの間周りが静かになったような印象を受ける。
「白石」
「ん?」
手塚がかけた声に、顔は向けずに声だけで白石が返答を返す。
「今日は良かったのか」
「何が」
「クリスマスだから、赤月を誘いに来たのではないのか?」
始めて白石がこちらを向いた。意外そうな顔で手塚を見る。
見当外れの事を言ってしまったのだろうか。
「違ったのか」
「いや、せやねんけど……手塚くんは気ぃついてへんのやろな、と思っとったから」
「途中で気が付いた」
街中で大きなツリーのオーナメントを見て巴が『夜はライトアップされてキレイなんですよ』なんて話をしていた時にようやっと気が付いた。
クリスマスにわざわざやってくる意味はいかにその方面に疎い手塚でも推測はつく。
だとしたら完全に手塚は邪魔以外の何者でもないはずだが。
「まあ、『遊びに行く』て言うたんやし、巴が楽しそうやったからええかな、て」
手塚くん連れてきたときはなんかの牽制なんかと一瞬思たけど。
そう言って苦笑した白石に、手塚も少し頷いた。
「そうだな。俺もそう思った」
「ん?」
「本当に邪魔なら途中で帰らせてもらおうかと思ったんだが、赤月が楽しそうだったから、まあいいか、と」
「……ふうん」
向こうから巴がやってくる。
昼間に書店を出たところで見た時と同じように。
「お待たせしましたー!」
両手に持ったペットボトルを白石と手塚に渡す。
自分の分ではなかったのか。
改札口にある掲示板が白石の乗る便を指し示す。
「ん、もう時間やな」
一歩踏み出しかけ、足を止める。
「巴」
「はい、なんですか?」
呼ばれるままに近づいた巴の頬に白石は唐突に唇を寄せた。
「……な、何するんですか急に!」
慌てて飛びのいた巴が手塚の後ろに隠れた。
手塚は、思考が一時停止して反応が返せない。
「今度は『デート』しよな。それじゃ手塚くんも、また!」
振り返り際にこちらを見て意味ありげに笑ったのは、気のせいかもしれない。
白石はさっさと改札を抜けると、振り返りもせず片手だけを軽く挙げて姿を消した。
残されたのは、真っ赤な顔をした巴と、呆然自失の手塚。
「…………赤月」
「は、はい?」
「帰るか」
「あ、は、はいっ!」
まあ、今回のところは、いいか。
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