「よし」
ダイニングのテーブルを見渡して巴は気合いを入れてエプロンの紐を締め直す。
道具準備完了。
材料の計測も済んだ。
レシピもすぐ確認できるようすぐ側に広げて置いてある。
あとは手順通りに作るだけ。
「うんうん、頑張れ頑張れー」
「・・・・・・!」
背後から急にかけられた声に驚いて振り向くと、いつの間にやらダイニングの椅子の一つに腰掛けてにこにこと楽しそうにこちらを眺めているリョーガの姿がそこにあった。
「な、なに見てるんですか! 立入禁止ですよ、出てってください!」
「えー、なんで。
メシ作ってる時は後ろにいてもなんも言わねえのに」
不満そうに、というよりは不思議そうにリョーガが言う。
確かに夕食を作っているときなどにリョーガが興味深そうにその様子を眺めている事は多々あるが、それに関して巴が何か言ったことはない。
「そ、それはそれ、これはこれです!」
「一緒じゃねえ?」
「まったく違います!」
そう、まったく違う。
少なくとも巴の心情的には。
今日これから作るのは、彼女の得意分野である料理とは微妙に似て非なるお菓子作り。
しかも、バレンタイン用のチョコレート菓子だ。
同じであるはずがない。
しかしそれを言わずして理解してもらおうというのは難しい。
案の定リョーガは納得して退出する気配も見せず相変わらず椅子に座り続けている。
無理矢理退出させようと椅子を廊下の方に引こうとしてみるも、力比べでかなうはずもない。
というか無理に引きずって台所のフローリングに傷でも付けたら事だ。
こういう点、居候は辛い。
「な、なんでそんなに居座りたがるんですか!」
「だから、なんでそんなに追いだしたがるわけ?」
「……今から、何作るか分かっててそれ言ってるんですか」
返事をする代わりに、リョーガがにやあ、と口の端をあげる。
それだけでもうわかった。よーく。
「お菓子作るの苦手なんですって」
「いやー、だからその苦手なお菓子作りを一生懸命やってる様子を眺めたいなあと」
「見られてるとなおさら失敗します!」
「いいじゃん、失敗しても責任とって食べるの俺なんだろ?」
自意識過剰、と言いきれないのがくやしい。
言い返したくて口を開け閉めしていたが、結局最終的に巴は諦めた。
本人の言うとおり、失敗したらそれはリョーガのせいなのだ。責任をとって貰おう。
気持ちを切り替えてもう一度ダイニングテーブルに向かう。
「また下らないことで揉めてるの」
今度はつまらなそうな顔でリョーマが台所に足を踏み入れた。
「あ、リョーマくん」
「なにまた散らかしてんのかしらないけど、ちゃんと片づけなよ」
ちらりとテーブルの上を眺めて言うと、目的だったらしい冷蔵庫を開ける。
「言われなくてもそのつもりだよ。
あんまりそういう事言ってるとリョーマくんにはあげないよ」
「「え」」
リョーガとリョーマ、二人が異口同音に驚いたような声を出す。
「何、俺の分だけじゃねえの?」
「だって折角だし、お父さんにおじさんとリョーマくんとあと、部にも持ってくつもりだけど」
「ふうん」
言われてみればテーブルの上にならんだ材料は誰か一人の為の物にしては量が多い。
一見興味無さそうに相槌を打ったリョーマはしかし、冷蔵庫から取り出した炭酸飲料をあおるように飲むと、リョーガにだけ見えるように口の端だけで笑う。
そしてリョーガは不機嫌を隠さない。
「ちょっと待て巴。百歩、いや百万歩譲ってオッサンとか部活に持っていくのは許す、けどコイツの分はいらねえだろ」
「なんでですかー」
「赤月、そろそろ目覚ましたら? こんなのと付き合っても百害あって一利無しだと思うけど」
「な」
「うるせえよチビスケ」
「もう10cmも変わらないんだからいつまでもチビだと思わないで欲しいんだけど」
「知るかチビ」
険悪なムードで睨み合ったところで、巴の怒声が飛んだ。
「いいかげんにして!
ケンカならここ以外でやってよ、邪魔!」
無理に二人の手を引いて廊下に引っぱり出す。
不意をつかれたので今度はあっさり外に押し出されてしまう。
「失敗したら、二人のせいだからね!」
言い捨てると、二人を閉め出す。
「いやそりゃこの後の話なんだから関係ねえだろ」
「それはお前の実力で俺には全く関係ないと思うけど」
同時に反論し、不機嫌そうにお互い顔を見合わす。
お互い『お前が悪い』と思っているのがありありと表に浮かんでいる。
「大概、お前もしつこいよな」
「アンタに言われたくないけどね」
「まあ、どんだけ失敗しても俺んとこには確実に来るんだけどな」
「別に失敗作なんていらないし。せいぜい腹壊さないように気をつければ」
「ほんっと可愛くねえなあお前は」
「別に可愛いなんて思われたくないし」
「負け惜しみはみっともないぜ」
「アンタに負けたとか思ってないし」
「……お前ら何騒いでんだ?」
|