「ああ、だから違うってば!
なんでそんなに物覚えが悪いのよ! 成績は悪くないくせに」
「それとこれとは関係ないでしょ〜。……えーっと、ここを、こう……?」
もたもたと編み針を動かす巴と、それを指導しながら怒鳴り声をあげる朋香、おろおろと見守る桜乃と面白そうに眺める那美。
教室ではすっかり馴染みの光景である。
だが、本日ついにそのやり取りが歓声と共に終結した。
「……で、出来たーっ!」
「おめでとう、モエりん!」
「頑張ったねえ」
祝福のコメントをする二人に対して、指導役であった朋香はシビアにその完成品――マフラーである――を眺める。
なんだかんだといってこの数ヶ月一番このマフラーの製作に尽力してくれたのは彼女である。
「……まあ、これを人に渡そうっていう勇気は認めてあげなくもないわ」
「ちょっと、朋ちゃん……」
「え、マジ完成したの?」
で、その『渡すのに勇気のいる』マフラーをリョーガに渡した時の第一声がこれである。
マフラー製作がバレバレだったと言う事が判明してから、隠れての作成ではなくなったのだが、やはりなんとなくリョーガの目の前ではあまり編み物をしている姿は見せていない。
なのでリョーガにはマフラーの製作状況は判らなかったのだが。
「……その言い方は、まるで出来ないと思ってたみたいですけど」
「だって随分苦労していたみたいだし?
いやー、ちゃんと完成したのか。どれどれ」
渡した紙袋を目の前で開けられた瞬間思わず口から制止の言葉が飛び出しそうになるのをやっとのことで巴は堪えた。
あげたものなのだから、見るのはリョーガの自由だ。
しかしこれは心臓に悪い。
濃い青灰色のマフラー。
房くらいは付いているけれど、飾り編みは早々に諦めたのでシンプルに長いだけのマフラー。
全体を眺めたリョーガが、おもむろにその端と端を指し示す。
「こっちが編み初めで、こっちが、編み終わり?」
正解である。
と、いうかそれがはっきり判るくらいに編み初めの側の編み目が惨憺たる有様なのだが。
改めてみると、同じ目の数で編んでいるはずなのに幅も場所によって違うし、自覚してはいたがひどい出来だ。
「う……そうです」
テストの採点を待っているような気分の巴だったが、リョーガにはまったくそんなつもりはない。
予想外の言葉が返ってきた。
「あ、やっぱり。ちゃんと上達してってんじゃん。えらいえらい」
そういうと、マフラーをくるりと首に巻く。
上達してるとは言ってくれたが、編み終わりだって決してキレイな編み目なわけではない。
そんなことはまったく頓着していないようだ。
「あの、本当にそれ巻く気ですか?」
「当たり前だろ?
せっかく巴が編んでくれたもんしまいこんでたらもったいないって」
「もう三月半ばですけど」
「大丈夫。まだ一週間はいける」
そうとも思えないけれど。
町を行く人の姿もだいぶ春めいていると言うのに、いかにも真冬装備と言った風情のマフラー(しかも編み目がガタガタの)はどうだろう。
作成した巴としては嬉しいのと恥ずかしいのと両方の微妙なところである。
けど、マフラーを欲しいと一月前に言ってくれたとき、ほんの少し社交辞令かな、と疑っただけに本気で大喜びして不恰好なマフラーを受け取ってくれているのを見ると、やはり嬉しいの方が割合が多い。
苦労した甲斐もあると言うものだ。
そんな事を思っていると、突然リョーガがはっと何かに気が付いたような顔をする。
「あ」
「どうしました?」
「これって、ホワイトデーのプレゼント、だったよな」
「はい」
「バレンタインのお返しが、ホワイトデーだよな」
「……? はい」
まあ普通はホワイトデーは男性が女性にお返しをする日であるのだけれど、と思いつつも巴は頷く。
「悪い、俺今回もらうことばっか覚えててなんも用意してねえや」
「は?」
意味が理解できない。
バレンタインに贈り物をくれたのはリョーガである。
どうしてホライトデーにまで何か用意する必要があるのか。
「何言ってんだ、巴がくれたんじゃんか。チョコレート」
「……あ」
確かに、マフラーと一緒に渡すつもりで用意していた市販のチョコレートを渡した。
ただメインのつもりだったマフラーが間に合わなかったのでギリギリになって慌てて用意したチョコレートだ。
「あんなの、全然気にする必要ないですよ! お返しなんていいです!」
「そうかぁ?」
不満そうに首をかしげるリョーガに、巴は満面の笑みで頷いて見せた。
「はい、特別に何かもらわなくても、リョーガさんにはいつも色々もらってますから!」
リョーガがいなければ、苦手な編み物なんてしようとも思わなかった。
そして、絶対完成なんてできなかった。
こんな嬉しい気持ちも、たまにひどく不安になる気持ちも、全部全部リョーガにもらった。
「……まいったな」
巴の言葉に苦笑気味の顔を浮かべると、リョーガはマフラーの端を持って、自分の腕ごと巴の首に巻きつけた。
「ひゃっ!」
「いろいろもらってんのは、こっちだっての。一生かけても返せねえくらいに……な。だから」
これから少しずつ返してってやるよ。
それこそ一生かけて。
そう、耳元で囁いた。
首に巻かれた毛糸のマフラーは暖かすぎて、頭に血が上るのには十分だった。
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