「ハツモウデ? なんだそりゃ」
初詣に誘った巴に対するリョーガの第一声はそれだった。 初詣を知らないなんてありえない、と驚いた巴だったが冷静に考えればアメリカで生まれ育っているのでそれもまあ納得ではある。
「しかし31日には寺で除夜の鐘とか言ってたのに年が明けたら神社か? そんでクリスマスはクリスマスで騒いでるし。 日本てのはこと宗教……っつーか騒ぐことに関してはアメリカより自由だな」
もっともな言葉ではあるが、では付き合ってくれないのかというとそうでもない。 今現在実に楽しそうに神社できょろきょろとあちらこちらを見渡しながら巴を質問攻めにしている。
「ほら、リョーガさん。 先にお参り済ませちゃいましょう」
このままではお参りを済ませる前に日が暮れてしまいそうだ。 そう心配してリョーガの腕を引っ張る。 ずっと年上のはずなのにまるで子供を連れているみたい、なんて事を思いながら。
「これ、何?」 「お賽銭箱です。 ここにお金を入れて、神様にお願い事をするんです」 「へー、日本の神さんは金と引き換えに願い事するわけだ」 「ちょ、ちょっとリョーガさん! バチアタリなこと言わないで下さいよ!」
人ごみの中やっと神社の正面にたどり着くと、小銭を投げ入れてかしわ手を打ち、巴が目を閉じる。 願い事とやらをしているのだろう。 多少バカバカしいと思わないでもないが、彼女が真剣なのでまあとりあえず乗っておくことにする。 カタチばかりは真似してみるが、別に神頼みにすがるような願いなどはない。 まあせいぜい今年も退屈しない事を祈るのみだ。
チラリと横目で巴を見る。 まだ目を閉じたままだ。
「……おーい、まだかー」
リョーガの声に、慌てて顔を上げる。
「は、はいっ! お待たせしました。もういいです!」
その後も人ごみの中を屋台を冷やかしつつうろついて、帰路につく。 やっと人にぶつからずに歩ける状態に、二人とも口には出さないが正直ほっとする。
「そう言えばさ、巴」 「はい?」 「さっきは何をそんなに熱心に祈ってたんだ?」
何気なくリョーガが口にした言葉に、巴が何故か少し困ったような顔を見せる。
「……? どうかした?」 「…………秘密です」
言葉と表情だけで詳しい内容はともかく誰のことだったのかはわかる。 その一瞬を捕まえたくなって、思わず手を伸ばす。
「なななななな、いきなり何するんですか、リョーガさん!」
いきなり抱きついてきたリョーガに、巴は慌てて身体を放そうとするがリョーガが相手では抵抗も無力だ。
「いや、今のはお前が悪いって。 な、巴。絶対に他のヤツの前で今みたいな顔、すんなよ?」 「い、今みたいなって?」 「押し倒したくなるような顔」 「お……! そ、そんな顔してません!」
恥かしいのと暴れたのとで、やっとリョーガが巴を解放した頃には巴の顔は真っ赤である。 警戒しているのか微妙に距離を取る。 もっとも、多少離れたぐらいではリョーガを避けきる事など到底出来ないのだが。
「あ、逃げられた。 いやでもほんと、特にチビ助の前では厳禁な」 「そんなこと言われたって、自分じゃどんな顔してるのかなんて知りませんよ! 大体、リョーマくんの前だったらなんだっていうんですか。危険なのはリョーガさんくらいですよ」
ふうん、チビ助のヤツ信用されてるんだか相手にされてないんだか、と口の中だけでリョーガが呟く。 しかしまあ、訊きたいことはそれじゃない。
「で、何をお願いしていたわけ?」
もう終わっていたと思い込んでいた話題を蒸し返されて巴が動転する。
「だ、だから秘密って言ってるじゃないですか!」 「でも、俺のことなんだろ? 気になるじゃん」
口の端だけを上げて笑うと、巴を見る。 なんて自信。 自信過剰にも程がある。
しかしじっと目を見られるともう巴はヘビに睨まれた蛙も同然である。 逃亡すら許されない。
しばらくはしかし、それでも沈黙で耐えたが、程なく根負けした。
「…………あーもう、わかりました! そうですよね、どうせ神様にお願いするよりリョーガさんのことだったらリョーガさんにお願いしたらいいんですよね」 「そゆこと。で?」
満足そうな顔のリョーガに恨めしげな目を向けると、巴は唇を開く。 出来れば本人には言いたくなかったから神様にお願いしたのに。 神様のイジワル。
「……無断でいきなりどこかに行っちゃったり、しないで欲しいな、って」
何処にも行かないで欲しい、ではなく。 ただ、突然置いていく事だけはして欲しくない。
神頼みにするにはあまりにささやかな願い。
「……バーカ」
ちょっと意表を衝かれて言葉を失ったリョーガがやっと口にした言葉はとりあえずそれだった。 また抱きしめたい衝動に駆られたが巴に本気で怒られてはマズイので、少し考えたあとで、その手を取る事で妥協する。
「わざわざ言われなくてもんなつもりぁねえよ。それに……」 「それに?」
突然握られた手に緊張しながら巴がリョーガを見あげる。 さっき抱きつかれた時は恥かしさの方が先にたっていたが、急に手を握られるとその手の優しさにドキドキする。
「次にどっか行く時は、お前付きだ。 ……さ、家に帰るぞ」
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