「バレンタインデーか……」
コンビニの一角にいつのまにやら出来ていたチョコレートの陳列台を見て凛が呟くように言った。
「やっぱ本命に貰ってこそだよな」
「りーん、言いたいことは解るけどその発言は敵を生むぞー」
実際問題バレンタインには凛はは数多くのチョコレートを貰うのだろうが、世間的にはそんな人間は極少数だ。
凛の独り言のようなつぶやきに反応した甲斐に、凛はだるそうに返事をする。
「んー、そっか?」
「ったくなぁ……」
呆れたように言った甲斐の表情が微妙に変わる。
「……何、やー本命にもらえなさそうな?」
「…………」
「え、何、マジでか?」
そうなのである。
凛は綺麗にラッピングされたチョコレートを見ながらため息をついた。
「本命以外なんて、いらんのになあ」
「だーからそれ以上敵作る発言はよせって」
手渡しは望むべくもないが、郵送くらいはあるだろう、と期待していたのだけど。
と、その会話を聞いていた知念が首をかしげる。
「本命て?」
「ほら、東京の」
「だぁ、あれまだ続いてたんか?」
「知念、不吉なこと言ってんじゃねえ!」
正直な知念のセリフが胸に突き刺さる。
「でも、超遠距離やしなぁ」
「しかも、チョコも貰えねえんだろ?」
「じゃかましわ!」
「貴方たち、公共の場所で余り騒ぐもんじゃありませんよ」
尻馬に乗って他の奴らも話題に乗ってくる。
大声があがりはじめた時に、ピシリと木手が釘を刺した。
「永四郎……」
いつもは煙たい永四郎の小言が今だけはありがたい。
と、思ったのは一瞬だった。
「事実はどうあれ平古場くんはそう信じたいんですから信じさせてあげなさい」
「永四郎……テメ」
「そっか……ごめん、凛」
「あやまんな甲斐!」
「……アイス、食うか?」
「優しくすんな田仁志も!
不知火、そっと肩叩くなー!」
自分でだって内心ちょっと、いやほんとちょっとだけだけど不安に思ってるのに、そういう洒落にならない発言はやめてほしい。
距離に負けるつもりなんかないけど、それは凛の思いであって巴も同じとは限らない。
青学の奴らなんか四六時中そばにいるんだしな、とか思うとどうしようもないのにイライラする。
格好つかないことこの上ない。
いや、大体まだもらえないと決まったわけではないのだ。
先日電話で巴がちょっと、不穏な空気を匂わせていただけで。
が、まあ、嫌な予想と言うのは当たるものだ。
『あのー、バレンタインのチョコレート、なくてもいいですか?』
電話口でアッサリと嫌な事を巴に告げられたのはその日の夜のことである。
「え、なんで」
『……輸送代が高いじゃないですか』
非常に納得がいかない。
普段だって声しか聞けないのだ。
顔も見られないのだからせめてカタチくらい欲しがったってバチはあたらないんじゃないだろうか。
「嫌だ」
『え』
「い、や、だ。
そんな理由じゃ納得できんさ。
他のもんならともかく、やーからは貰いたいんやし」
『……う』
「なあ、なんでくれんの」
『…………私だって、平古場さんにチョコ渡したいですよ!』
携帯の向こうから聞こえてくる声に、誤魔化しや嘘なんて感じられない。
じゃあ尚更なんで。
「なあ、巴」
『……はい』
「携帯じゃ顔が見えんしさ、声だけじゃやーの考えてることなんて、半分もわからん。
だから、伝えられることは伝えて欲しいんだけど」
声はこんなに近いのに、身体だけが遠い。
心は、近くにありたいと思う。
しばらくして、気まずそうに巴が言葉を発した。
『あの、ですね』
「でー」
『ずっと節約していたんですけど、
今平古場さんにチョコを贈るとですね、春休みまでに沖縄に行く費用がギリギリで』
「はぁ!?」
思わず出した凛の大声に、巴が慌てたように弁解する。
『ほ、本当に節約していたんですよ?
買い食いとかもしなかったし!』
「いや、そっちじゃなくて、
しんけんこっち来れんの? 夏じゃなくて春に?」
『はい。平古場さんがいいなら』
いいならもクソも、悪いはずがない。
次に会えるのは、早くても夏だと思っていたので、驚くというより信じられない。
「本当だな? 後で撤回とかナシだぞ!
よっしゃあっ!」
『……チョコは、いいんですか?』
凛の喜びように面食らったような巴の声。
正直、バレンタインのチョコのことなんか吹っ飛んでいた。
「いい、いい。
チョコなんかより、やーが直接来てくれる方が、絶対いい」
『良かったー。
本当は、両方できれば一番良かったんですけどね』
「いや、もうもらったさー。ありがとな」
『え?』
聞き返す巴に、凛は少し考えた後、口を開いた。
さっき自分が思っていた言葉。
伝えられることは、伝えて欲しい。
だから、自分もまた伝えられることは、伝えたいから。
「バレンタインに本当にほしいのは、やーがちゃんとわんの事好きでいてくれてるて、その気持ちやからさ」
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