「あ、次は赤月か」
素振りの最中、コートに入った巴を見て切原が誰に言うでもなく呟いた。
現在コートでは球出し練習の真っ最中である。
先ほど休憩時間にちらりと会話をした相手だったのでなんとなく他のメンバーも彼女に視線をやる。
「あいつ、一年でこんなトコ来てっけど実際どうなんだ?」
「関東でも全国でも当たっただろ。見てないのか」
ブン太にそう言ったジャッカル自身も実のところ大して彼女のプレイは記憶に残っていない。
ミクスド女子であることに加えてパートナーの実力が秀でていた事も多分に関係していると思われる。
比較的真面目に他選手の試合を観戦していたジャッカルでさえそうなのだから、柳以外は皆同様と思っていいだろう。
そしてその時印象に残らなかった事を裏付けるように、今コートで橘の球を打ち返している彼女の動きは特筆すべきものはないように思える。
「……さっき大言壮語してた割には期待外れじゃの」
「失礼ですよ、仁王くん」
レギュラーの大半が引退している現状でも青学の強さは変わっていない、と先ほど堂々と真田や切原に言い切ったのだからもうすこし目を惹く様なプレイを期待してしまうのはしょうがない。
堅実にボールを返してはいるが、それだけだ。
「この程度の選手のデータまで集めてんすね、柳先輩」
「しかも体重までな」
「赤也、丸井、何が言いたい」
「え、いや、別に? ……あっ」
橘にしては珍しく、球がすっぽぬけた。
コートに入るべき球は大きく横にそれる。
思わず声を漏らしたブン太だったが、何のことはない、ルーズボールは無視すればいいだけだ。
――なのだ、が。
巴は全力でボールに向かって突っ込んでいき、なんとかラケットにボールを当て、コートの向こう側に返すことに成功した。
その代償に、バランスを崩して勢いそのままにコートの外に転がった。
「うわ……」
立海メンバーでさえも思わず息をのんだ。
女子であそこまで豪快にスライディングする選手は滅多に見ない。しかも、今は試合中ではない。
「今の、ちゃんとコートに返しましたよね!」
誇らしげな表情で顔を上げた巴の鼻と頬は砂まみれである。血も滲んでいる。ユニフォームの惨状は言うまでもない。
しかしそれを気にする様子はまったくない。
「……返してもなぁ……」
「次相手に打ち返されたらコートは丸々ガラ空きだろう。根性は認めんでもないが」
真田までもが呆れたように言う。
と、不意にそれまで黙っていた幸村が吹き出した。
「ははは、面白いね、彼女」
「だな」
動じることなく柳が答える。
確かに少し変わってはいるが彼女のどこがそれほど彼らの琴線に触れたのかイマイチ理解しきれない切原はジャッカルに目で尋ねたが、首をすくめられただけだった。
ここは全国から選ばれた選手が集う合宿だ。
本当に平凡なプレイヤーがいるはずはない。
まして、経験一年未満の選手が。
切原たちと、幸村、柳。どちらの印象が正しかったのか、それを知るにはもう数日かかることになる。
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