南によって完膚なきまでに叩きのめされたことで、巴の薄っぺらな自信はあっというまにぺしゃんこになった。
そして、巴の脳裏に浮かんだのは調子に乗っていた今までの自分のバカな言動だった。
実力もないくせに天才などと浮かれていた自分の姿は周りにどう映っていたんだろう。
冷静に自分を諭そうとしてくれていた南。
耳を貸そうとしない巴に、きっと呆れていた。
言葉では通じず結局実力行使でしか眼を覚まさなかった自分に愛想をつかした、と思う。
恥ずかしい。
もう誰にも合わせる顔なんてない。
衝動のままに巴はボストンバックに私物を詰め込んで合宿所を飛び出した。
合宿所にくる時は学校から貸し切りバスで直行だった。
自力で帰るには、どうやって帰ればいいんだろう。
とりあえず大通りに出ればバス停なりなんなり見つかるだろう。
そこまではどうあっても一歩一歩、歩いていくしかない。
歩いていると次第に頭が冷えてくる。
衝動に任せて逃げ出してきたけど、本当にこれでよかったのかな。
こんな形で合宿所を飛び出したら部活にも参加しづらくなっちゃうかな。
――誰か、引きとめてくれればいいのに。
一瞬頭に浮かんだ都合のよすぎる考えにぎょっとする。
虫がいいにも程がある。自分の都合で出て行っておいて。
調子に乗っていたのは自分。
人の目が気になって逃げ出したのも、自分。
そしてそれを後悔しているのも、また自分。
全部自分のせいなんだから、今度こそ誰かに頼らないで自分で解決しよう。
戻りたいと思うんなら、自分の足で。
居心地が悪くたって当たり前。それは自分への罰なんだから。
よし、決めた。合宿所に戻ろう。
そう思って今までと反対方向、今しがた飛び出したばかりの合宿所の方に足を向ける。
その時巴の視界に入ったのは、あちらこちらに視線を向けながら街中を走っている一人の選手の姿だった。
「……南さん」
誰かを探している。
それは、うぬぼれでなければきっと。
思うと同時に声が出ていた。
「南さん!」
町の喧騒の中でその声はかき消されてしまったかと思ったけれど、ちゃんと南の耳に届いたようだ。
こちらに顔を向け、そして駆け寄ってくる。
「やっぱりこっちに来てたのか……姿が見えないから、ひょっとしてと思って」
話しながら、ちらりと巴の持っているバッグに目をやった。
「……帰るのか?」
「そう思って勢いで荷物もって飛び出したんですけど、歩いてるうちに頭が冷えたのでやっぱり戻ろうって思ってたところです」
巴がそう答えると、南はその場にしゃがみこんだ。
「良かった、もうバスとかに乗ってたらどうしようかと……」
南の息は、少しだけ乱れている。
さっき巴と試合をした時には涼しい顔をしていたのに。
それだけ本気で探してくれていたんだと分かる。だから、巴も自然に口から謝罪の言葉が出た。
「ご心配掛けて、すいませんでした。やっと目が覚めました」
「……そうか」
安心したような声でそう言うと、南は立ち上がり、巴の持っていたバッグをさりげなく受け取るとそのまま担いだ。
「うちにも才能はあるのに無駄遣いしてるもったいないヤツがいるからさ、つい。
けど、赤月は女の子なんだからもうちょっと他に言い様があったよな。ごめん」
「……い、いえ! そんなことは全然!」
「そうか? ならいいけど」
「あの、カバン……」
「ああ持つ持つ」
合宿所に向かって歩き出す南について巴も同じように歩いていく。
何気なく言われた『女の子』という言葉。女の子扱いで受け取られたバッグ。それにドキっとした自分に動揺しながら。
多分別に深い意味があってじゃないのに、すぐ横を歩くのがちょっと恥ずかしくて少し後ろを歩く。
誰かが引き留めてくれればいいのに。
そんなことを考えたさっき、頭に浮かんだ『誰か』。
その当人が迎えに来てくれるなんて都合が良すぎる。
「そうだ、折角こんなところまで来たんだからお茶でもして帰るか。おごるぞ」
「え、あ、はいっ!?」
なので、不意に振り返られて更に動揺する羽目になる。
当然南はその動揺の真意に気付くはずもない。
「あ、そっか。女子としてはジャージで寄り道なんか恥ずかしいよな」
「いえ! そんな事ないです! 行きたいです!」
せっかく誘ってくれた機会を逃しそうになった事に気がついて慌てて否定すると、勢いが良すぎたらしく、南に苦笑された。
「……言っとくけど、おごるってもケーキセット程度だぞ?」
「ちちち違います! そういうんじゃなくて!」
わかってるわかってる。そう言いながら歩く南の後ろで、見てはいないとわかりつつも巴は赤い顔で頬を膨らませた。
絶対わかってない。そう思いながら。
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