あともう少し、というところだったが巴の打った球はギリギリのライン外で跳ねた。
ゲームセット。
合宿が始まってから今日で四日目。
今日も巴は勝利を手にする事は出来なかった。
「赤月」
赤澤がかけた声に緩慢な動作で振り返る巴の目には、合宿初日の時のような輝きがない。
疲弊しきっているのは身体だけではない。
身体の疲れは休めば取れる。やっかいなのは心だ。
「すいません……また、負けちゃいました」
「いや、ダブルスなんだから別に勝敗は個人の責任じゃないだろう」
先ほどの試合のパートナーは赤澤だ。
頭を下げられ、慌てて言い繕ったが、巴はうつむいたまま首を横に振った。
「でも、明らかに私が足を引っ張ってたじゃないですか。
……もういいんです。きっと、これが私の限界なんですよ」
虚勢を張るのにも疲れたのだろう。
負けが続いている現状としては仕方がないのかもしれない。
しかし、投げやりな巴の態度が赤澤の気に触った。
「赤月」
「……」
「赤月、顔をあげろ!」
「は、はいっ!」
怒声に近い赤澤の声に、びくりと反射のように巴が顔をあげた。勢い気を付けの姿勢になる。
赤澤自身も自分の出した声に驚いたくらいだから彼女のこの反応もしょうがない。
気まずさを取り繕うように息を吐き、ぼりぼりと頭をかく。
「あー、あのな。確かにお前は今、この合宿の中では落ちこぼれだ。それは多分間違いない。
さっきの試合で足を引っ張っていたと言うのもそうなのかもしれない」
「……はい」
自覚はしていても、率直過ぎる赤澤の言葉に巴の声が小さくなる。
それでも、赤澤に言われたように顔は下げない。
意地もあるのかもしれないけれど、それがあるだけまだ大丈夫だと赤澤は内心安心する。
「けどな、ここがお前の限界と言うのは嘘だ」
続けた赤澤の言葉に巴の目が見開かれる。
何か否定の言葉を返そうとしたのだろう。口を開こうとしている事に気がつきながら敢えて赤澤はそれを無視した。
「どころか選抜メンバーの中で一番伸びしろがあるのは、多分お前だよ」
「なんで、そんな事が言い切れるんですか」
噛み付くように言う。
もう、夢など見たくないのだろう。
諦めてしまえば楽だ。努力も何もかも放棄して、ここが限界だと決めてしまえばそれはどんなに楽だろう。
しかし、それで得られるものは何もないことを赤澤は知っている。
「観月みたいにデータだなんだと明確な数字を見せられるわけじゃない。
けどわかるさ。……赤月、お前がテニスを始めたのは去年の春から、だったな」
「はい」
「それじゃ逆に訊くぞ。
たった十一ヶ月弱で限界に到達するほど、テニスは底の浅いスポーツなのか?」
虚を付かれたように巴が押し黙った。
そんな筈はない。
確かに最終的に才能と言う壁はあるだろう。しかしそれを思い知るのはもっとずっと後だ。
二の句を告げないでいる巴の頭にぽん、と手を置く。
「一年もテニスをやってないヤツなんてここにはお前くらいしかいないからな。
勝てないのは当たり前だ。けど腐るな。大丈夫だ。……大丈夫」
手を放したときに見た巴の顔を見て赤澤は一安心する。
初日に彼女と初めて組んだ時のような力のこもった眼だ。
「赤澤さん……弱音吐いてスイマセンでした!
限界だなんてくだらない事いってないでこれから心機一転、頑張ります!」
「よし、その意気だ。 ……とは言っても、今日の練習はもう終了だから、明日からだな」
「はい! また宜しければお付き合いください!」
ああ、いくらでも付き合ってやるよ、と赤澤は笑った。
大丈夫。
そう、大丈夫だ。
限界なんて口にするにはまだ早すぎる。
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