今日も合宿のハードな練習が終わった。
選手達は三々五々に散っていく。
合宿所に戻る者が大半だが、ごく一部、少しの休憩を挟んで後さらに自主練習をこなす選手もいる。
最も、合同練習の後なのであまり身体を酷使する事は出来ない。あくまで軽い素振りやランニング程度だ。
普通ならば。
「こっちのコートは使えんぜよ」
ラリーでもするつもりか、ラケットをもってこちらに歩いてきた選手らに言うと、疑うこともなく素直に彼らは去って行く。
別に仁王も嘘はついていない。
実際今も彼の背後ではテニスボールの弾む音が聞こえている。
ただ、彼がわざわざ自分が使っているわけでもないコートの使用状況を説明してまで他の選手を追い出しているのは勿論親切からではない。
―――誰もこちら側に近寄らせたくないからだ。
一定のリズムで聞こえてくる音。
そのリズムが時折狂う。
当たり前だ。合同練習が終わってからずっと全力でサーブ練習を続けているのだから。
今仁王が立っている場所から振り返り数歩進めば、肩で息をしながら何かに取り付かれたかのようにラケットを振り続ける巴の姿を認める事が出来る。
疲労はとっくにピークを超えているだろう。倒れるのもきっと時間の問題だ。
どこか身体をおかしくしてしまっても不思議はない。
それを判っていながら、仁王はずっとここで背中を向け立っている。振り返って彼女の姿を視界に入れることすらしていない。
理想のテニス。
プレイヤーなら誰もがおぼろげながらでもその姿をそれぞれに胸に抱いているだろう。
それを現実のものにしなければ、と巴はああやってあがいている。
いつか、ではなく今すぐに。
不可能だ。
冷静に考えればすぐにわかりそうなことだ。
それなのに。
誰かが諭してやれば彼女の目は醒めるんだろうか。
けれど自分には出来そうもない。
仁王の専門は騙し、陥れることだ。誰かを導く事など、出来そうもない。
彼女にかけるべき言葉を仁王は持っていない。
それなのに、仁王は今ここにいる。
しかも他の誰も彼女に近づけないようにして。
その行動の真意は仁王自身にもわからない。
彼女に関しては自分の行動も含めて判らない事だらけだ。
放っておけばいい、と頭では思っているのに身体は反して動こうとしない。
結局、仁王はその後もしばらくその場に留まり続けていた。
聞こえて来るボールの音に耳を澄ませて。
その音が、不意に止まったその時まで。
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