交差点の信号が赤に変わる。
そこで初めて巴は、足を止めた。
合宿所から走り通しだったので、息が荒い。
呼吸を整える為に深呼吸をする。
深く息を吸って、吐く。
身体は落ち着いたけれど、心のほうはそうはいかない。
時間が経つにつれ、後悔と反省が押し寄せる。
怒らせた。
普段穏やかな柳生を激昂させた。
浮ついた自分の態度がそこまで彼を不快にさせたのだ。
自信がなくて。
本気を出して傷つくのが怖くて。
それでも、自分の実力を思い知るのが怖くて。
その結果がこれだ。
「……さん」
ミクスドは一人で試合はできない。
自分がそんな調子ではパートナーに必然的に迷惑をかけてしまうのに。
「巴さん」
柳生は優しいから、それでもそんな巴とペアを組んでくれていたのに。
その優しさを自分は踏みにじってしまったのだ。
最低だ。
「巴さん!」
ぐい、と背後から突然腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、そこには柳生の姿があった。
おそらく巴を走って追いかけてきたのだろう。先ほどの巴と同じく、息が荒い。
信号が青に変わる。
周りの歩行者達が横断歩道を歩いていく。
しかし、巴は歩き出す事ができない。
口を開く。
何かいわなきゃいけない。あやまらなくちゃ。何から。どうやって。
頭の中は真っ白、口の中はカラカラだ。
早く。早く早く早く。
「ごめんなさいっ!」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げたのは二人同時だった。
巴がきょとんとした顔で柳生を見る。
なぜ、柳生が謝らなければならないのか。悪いのは全面的にこちらなのに。
「先ほどは言い過ぎました。私とした事がつい我を忘れてしまい……本当に申し訳ありません」
重ねて頭を下げる柳生に、巴は勢いよく頭を横に振る。
「いいえ、いいえ!
柳生さんにあそこまで言われないとわからなかった私が悪いんです。柳生さんは何も悪くないです。……すいませんでした」
そう言って、再び頭を下げる。
しかし柳生もまた首を横に振る。
「そんな事はありません。
巴さんは……怖かったんでしょう? 私はそこに気持ちが至りませんでした」
はっと顔をあげた巴に、柳生は気まずそうな顔を見せる。
気がついていたんだ、この人は。
真実に目を向けるのが怖くて逃げていた自分に。
「ただ、私は貴方に期待しているんです。
貴方なら、もっと上にいけると。もっと大きく成長できると。
……しかしそれは私の勝手な期待です。貴方に押し付けるものではありませんでした」
だけど、逃げ続ける巴がじれったくて、ついに苛立ちをぶつけてしまった。
そう言って頭を下げる柳生はやはりどこまでも優しい。
「もう……戻る意志はありませんか?」
優しく問われる。
『帰ってこい』とは言ってくれない。
最後の選択を巴に委ねるのは柳生の優しさであり、厳しさでもある。
そして、巴の答えは決まっている。
「戻ります。
柳生さんの期待に応えられるかどうかはわかりませんけど……もう逃げません。
今からでももう一度、できる限りあがいてみます」
また失望させてしまうかもしれない。
けど、可能性がゼロじゃないのなら。
強い意志のこもった巴の目を見て、柳生は安心したように微笑んだ。
そしてそっと巴に手を差し伸べる。
「それじゃあ、帰りましょうか」
もう一度。今度はきっと。
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