すでにみんなが引き上げて空っぽになったコート。
そこに巴はラケットを構えてたった。
さあ、もう一度初めからやりなおそう。
私のテニスを好きだという気持ちをすべて練習にぶつけるんだ。
一人で出来る練習は限りがある。
素振り、ランニング、壁打ち……コートが開いているんだからサーブ練習から始めよう。
そう思い、ボールを高く放り投げてサーブを放つ。
カゴ一杯のボールを用意し、次々とサーブを打っていると、そのうちの一本、跳ねたボールを誰かが拾い上げた。
「こんなところにいたんですか」
「木手さん」
木手の手にはまだラケットが握られている。
そして、ボールを拾い上げたまま木手はコートの向こう側から動こうとしない。
「木手さん、そこどいてくれないとサーブが打てません」
「一人で特訓、といったところですか」
だからどうしたというのか。
こんな風に話している時間ももったいないというのに。
知らず知らずのうちに声がとがる。
「そうですよ。だからどうしたっていうんですか。早くどいてください!」
怒鳴るように言うと、木手の表情も険のあるものになる。
吐き捨てるようにこう言った。
「本当に、キミの一挙手一投足はいちいち虫唾が走る」
「なっ…なんですかいきなり! 私が何したっていうんですか」
いきなりの暴言にいきりたつ巴に、木手はうんざりした表情を浮かべつつ、巴の側に歩み寄り、手に持っていたボールをかたわらのカゴに放り投げる。
一瞬、再びカゴから飛び出してしまうのではないかという程の勢いだったが弾んだボールはおとなしくカゴに収まっていた。
「合宿初日からこっち、こちらのペースを散々かき乱してあげくペアまで組ませておいて一人で意固地に特訓ですか。勝手にも程がある」
「意固地になんて、なってませんよ!
だって、私一人の問題なんですから私一人で解決するのは当たり前じゃないですか!」
木手の剣幕に一瞬怯んだが、負けじと巴も言い返す。
間違ってない。
私の問題なんだから、他の誰にも解決できないんだから。
それなのに、木手はそれを全面否定した。
「そんなわけあるはずないでしょう。それがまさしく意固地になってると言うんです。
キミはミクスドの選手でしょう。
思うようなプレイが出来ないのには、コンビネーションや呼吸の問題だってある。
……そして、それは、一人で右往左往してなんとかなる問題じゃない」
実際練習ではさほど問題はないのだ。
何かの歯車が食い違ってしまって、戻し方が解らないだけ。
「だ……だって、木手さんは試合中だっていつもどおりに動いてるじゃないですか」
「キミと一緒にしないでください。テニスを始めて一年足らずのキミと。
まだ経験も実力もないキミがスランプを自力で脱出しようなんて身の程知らずですよ。頼りなさい」
辛辣な言葉ばかりを投げつけられている中での最後の台詞に、巴は驚いて木手の顔を見る。
その表情はいつもの通り。なのに。
「……迷惑じゃ、ないんですか?」
「迷惑ですよ。
合宿が始まった直後にキミが付きまとってきた瞬間からずっと迷惑をこうむってますよ」
だから、今更です。
その木手にしては随分と優しい言葉に巴の張り詰めていた気が緩んで、いきおい涙がこぼれた。
一人で全てなんとかしなければいけないと、思い込んでいた。
相談や協力を求めるのはやってはいけないことだと。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
涙が止められない。
ただ謝罪の言葉を繰り返しながらなきじゃくる巴に、木手は大仰な溜息をつきながらその頭にそっと手を置いた。
「一度でもコートの同じ側に立ったのも縁です。最後まで、付き合ってあげますよ」
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