最後の一球を決めると、滝は大きくひとつ息を吐いた。
内心安堵の思いだが、それはおくびにも表にはださない。
「さあ、結果を出せない場合は、どうするのかな」
予想もしていなかったのだろう。
一方的な試合展開に呆然としている巴には滝の言葉が耳に入っているのかはわからない。
黙って駆け去るその姿を滝はすぐに追うことはしなかった。
追えなかった、と言った方が正しい。
巴の姿は、数ヶ月前の自分の姿を彷彿とさせる。
そして、それを完全に客観的に観られるほどは胸の痛みはまだ癒えてはいない。
だからこそ、間違った方向に進む巴を放置できなかったとも言えるのだけど。
息を整え、クールダウンをして少し心を落ち着かせてから巴の部屋へ行く。
ノックをするが、反応はない。
ただ、扉の向こうに人のいる気配はするので巴がいるのは間違いないようだ。
そして他の選手の返答が無いところを見ると、中にいるのは巴一人。
「巴、いるんだよね?」
「…………」
声をかけるが、やはり返答はない。
顔を出したくない、と言うことなのだろう。
もっとも合わせる顔が無いということなのかもしれないけれど。
初めから返答があるとは思っていなかったので、構うことなく滝は扉に背を向けて床に座り込む。
「聞こえるかな。
前に、キミは『勝ってるんだからいい』って言ってたけど、負けた時の事は、考えてた?
永久に勝ち続けるなんて事は無理だよ。……そして、真面目に全力で練習を積み重ねた選手は突然のびてくる」
そして、油断した方が負けるのだ。
あの日の自分のように。
驕り高ぶって、結果転落した者が元の場所に、それ以上の場所に這い上がるために要する努力はそれまでの比じゃない。
「俺が言いたいのはそれだけ。経験者の言葉ってやつかな」
そう言って立ち上がろうとした滝の背中に軽い衝撃がかかる。
背中に当たったのは扉。
滝がいる事を予測していたのだろう。比較的そっと開いたのだろう扉の隙間からのぞく巴と目が合った。
……天岩戸の扉は開いたらしい。
「…………」
「落ち着いた?」
「……目が覚めました」
なんともらしい回答である。
「そう? ならよかった。じゃ」
他の女子選手が帰ってきたら何事かと思われるだろう。
先ほどの練習試合で知っている人間もいるが、あまり公になってしまうのも望むところではない。
そう判断して男子宿舎に戻ろうとした滝の背中に、なげかけられた台詞。
「あの、私まだ、間に合うと思いますか?」
この合宿で。
もっと大きく、テニスプレイヤーとして。
どちらに関しての質問なのかははっきりとはわからなかったが滝の答えは同じだった。
「さあ、俺にはわからないよ。それは今後のキミ次第、じゃないかな」
|