見つけた。
廊下に巴の長い髪を見つけてリョーマが足早に駆け寄った。
「赤月!」
追いつく前にどこかへ行ってしまわない様、姿を認めると同時に声をかける。
そして、気が付いた。
彼女が一人じゃ 無かった事に。
「あれ、リョーマくんどうしたの?」
振り返る巴の横で、彼女のさらに頭一つ上からリョーマを見下ろしている。
おおよそスポーツマンとは思えない風貌。
妙に余裕ありげな(とリョーマには見える)表情の忍足に、思わず知らずリョーマの顔は不機嫌そうに歪む。
「なんか大事な話なんやったら席はずすけど」
「そうなの? リョーマくん?」
できればどこかに行って欲しい。
けど。
それは今聞きたい事が『大事な事』だと認めるようでイヤだ。
「別に……それほどじゃないけど」
言ってからわざわざ探し回って呼び止めておいてそれほどじゃないというのも不自然だと気が付いたが幸い巴はそこに頓着している様子はない。
っていうかこっちが大した用事じゃなくても忍足には立ち去って欲しいんだけど。
しかしその願いは通じそうにない。
しかたがない。意を決して(諦めたとも言う)口を開く。
「……聖ルドルフに誘われてるって聞いたんだけど」
「ああ、その事? うん、転校してこないかって誘われたよ」
「そうなん? 観月やろ」
けっこう大事な話だと思うのにあっけらかんと肯定されて拍子抜けする。
いや、それほどじゃないと言ったのは自分だが。
そして忍足が首を突っ込んでくるのが気に入らない。
「で、巴転校するん?」
「まさか! 声をかけてもらったのはありがたいですけど理由がありませんよ」
ああやっぱり、と思いつつ安堵する。
そして少なからず動揺した自分に苛立つ。
しなくていい心配をして、巴どころか忍足の前でわざわざ確認をするなんて。
そして、その様子は手に取るように忍足にバレバレである。
一番訊きたかった事を忍足が代わりに尋ねてくれたので一瞬安心したが、それを見計らったかのように爆弾を落とされる。
「せやったら、氷帝に転校するっていうんはどうなん?」
「なっ!」
巴の耳に顔を寄せて忍足が囁くような声で言うと、リョーマが我知らず声をあげる。
「何、言って……!」
っていうか、顔近い!
わざわざなんで耳元で言う必要があるのか。
内緒話にしてはその声はリョーマにまで丸聞こえだ。
「だから、氷帝でも答えは同じですよ」
お前ももうちょっと離れるとかしなよ。
まさか慣れてるとかじゃないよね。
「理由がない?
せやけど、ウチは青学より設備もええし、メリットは結構あるんちゃう?」
「設備だけ良くても、俺達に負けてんじゃん」
「そらそうやけど、自分にとっての環境がええにこした事はないんちゃう?」
正論が憎らしい。
「だから、転校なんてしませんてば。
大体氷帝なんて学費がいくらかかるか考えるだけでめまいがしますよ。リョーマくんちから遠いし」
「そら残念」
大して堪えていない風に、軽く首をすくめる。
本気だったのか冗談だったのか。
にしても巴の台詞が近くて安ければ転校も是としそうな回答なのが若干気にかかる。
しかしそれは巴自身がすぐに払拭してくれた。
「青学はお父さんの母校だから、私はずっと青学にいますよ」
……父親の為か。
少々おもしろくない。が、仕方がない。
「……あっそ。それじゃ」
それだけ聞けばもう用はないとばかりに足早にリョーマはその場を去る。
それを巴は首をかしげながら、忍足はニヤニヤと笑いながら見送った。
「わざわざそれだけ聞きにきたんですかね」
「そやろ」
「……なんか、忍足さん随分楽しそうですね」
「いや、自分らおもろいなぁ、思て」
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