三月とはいえ、連日ハードな練習をこなしているといつも汗だく状態である。
汗で張り付いたウェアが気持ち悪い。
「さ、風呂風呂」
タオルをもって大浴場へと向かう黒羽を見て佐伯が微かに首を傾げる。
「あれ……?
ああ、でももうそんな時間か」
その様子は黒羽の目には映っていないし、その呟き声も耳には入っていない。
「お、黒羽さん今から風呂ですか」 「おう」
「俺も後から行くっスよ」
入り口近くで声をかけてきた切原と軽く会話を交わして脱衣場の戸を開ける。
靴脱ぎにあるスリッパは一人分。ずいぶん今日は空いている。
そう思いながら脱衣場に足を踏み入れて、まず黒羽の目に入ったのは。
「…………」 「…………」
湯上がり状態で、ジャージの下に足を入れかけている巴の姿だった。
お互い完全に思考が停止し、沈黙だけが走る。 そして、一瞬後それは悲鳴と叫び声に変わった。
「きゃああぁ!」 「うわあぁ!」
「な、なんすか!」
廊下にいた切原が叫び声を聞き付けて勢いよく戸を開ける。
「バカ! 戸開けんな!」 「え?」
「きゃー!」
「いいから早く出るぞ!」
慌てて切原を羽交い締めにするとそのまま脱衣場から出て後ろ手に戸を閉める。
何がなにやら。
気が抜けてその場にへたりこむと、横で羽交い締めにされたままだった切原が入り口を確認しながら「え、あれ、なんで?」と言っている。
と、そこに廊下の向こうから葵が駆けてきた。
「あ、バネさんやっと見つけた〜。
今日女子風呂の調子悪いらしくって入れ替えになってるからもうちょっと後までお風呂入れないよ」
「遅ぇよ!」
「ははは、通りで早いなあとは思ったんだよ」
「サエもおかしいと思ったんなら言えよ!」
爽やかに笑う佐伯に黒羽が怒鳴る。
嫌な汗を一気にかいた。
「しまった〜、その手があったか!」
「おい千石、その発言はシャレにならないぞ」
悔しがる千石に南が釘を刺す。
「……で」
にじりよってきた千石が声をひそめた。
とは言ってもその場にいる全員の耳に入る程度の音量なので意味はないが。
「……どこまで見えたの?」
「知るか!」
「あいてっ!」
黒羽の怒鳴り声と同時に千石の後頭部にテニスボールがぶつけられた。
軽く投げても硬球が頭に当たると結構痛い。
「あー、ゴメン。手が滑っちゃったー」
完全な棒読みで菊丸が言う。
手が滑るとか以前に屋内でテニスボールを持ってる時点でおかしい。
「ふふっ、千石、余計なことを訊いてると、多分次はスマッシュが来るよ」
「……ハイ」
「黒羽と切原も、ね。
まあ……何も見てないものは話しようがないよね?」
「……ハイ」
元々話す気など毛頭ない黒羽を含む全員が蒼白の顔で頷いたのは、有言実行とばかりに不二の手にラケットが握られていたからに他ならない。
「うわあぁぁんっ!」
「だ、大丈夫だって。そんなに見えてないよきっと」
「気休めでしかないけれどね」
巴を慰める杏の横で早川がバッサリと切り捨てる。
容赦ない。
「……あれ、吉川さんは?」
「……コーチのところに管理体制の不備に関して抗議に行ったわ」
周りを見ながらいう鳥取に原が淡々と説明する。
さすが吉川は現実的である。
「ほら、モエりん、学祭の時と同じだと思えば……」
「那美ちゃん、それ慰めにすらならない〜!」
その晩、今日の事故とプラスして封印したかった過去の失態まで含めた羞恥に布団の中で巴がのたうちまわっていたのは余談である。
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