手段と目的






 見つけた。
 午後の練習試合後姿を消した巴を探していた甲斐は、しかし巴に声をかける事をためらった。

 キツい練習の直後だというのに、一心不乱に素振りを繰り返している。
 何かに取り付かれたかのように。


 そんな巴の姿は胸に痛い。
 試合に勝ってなお、完璧を、理想の自分を求めて足掻くその姿は。




 これといって深い意味があるわけじゃなかった。

 誘われて、経験のないミクスドも面白いかもしれないと、ただそれだけの理由で巴とペアを組んだ。
 彼女がまだ初心者に近い、合宿では浮いた存在だとは知っていたし、だから油断してもいた。
 そもそも、ペアを組むのも一度きりのつもりだったのだから。


 痛い。
 三日もあれば十分だった。
 彼女の一挙手一投足がチクリチクリと甲斐の胸を刺す。


 ただの勝利を良しとしない。
 勝利だけでは、ダメなのだと。


 じゃあ。
 俺は?


 ただ勝利の為に手段を選ばなかった自分は?


 求めるものは勝利の二文字。
 試合はその手段。

 巴はそれを真逆にひっくり返す。


 痛い。
 痛い痛い痛い。


 どちらが正しいかなんて、甲斐にだって判りきっている。
 だから痛いのだ。
 逸らしてきたものを、避けてきたものを巴は真正面から突きつけるから。




 巴はまだラケットを振っている。

 疲労でフォームは乱れがちになり足元も覚束ない。
 こんな状態で素振りを何回繰り返しても身にはならない。
 むしろ身体を無為に傷めつけるだけだ。
 普段の巴ならわからない話でもないだろうに。



 自分を見失っている巴。
 自ら目を閉じている甲斐。


 前に前にと心ばかりが先行し、バランスは崩壊する寸前だ。


 止めねーとならんさ。
 アイツが壊れる前に。


 一人じゃダメだ。
 煮詰まってわけがわからなくなる。


 痛い。
 何を偽善者ぶって、とまた胸か痛む。
 けれどもう怯まない。


 俺も正面から向き合わないと、巴の横に立てない。
 きっと。


 そして甲斐はやっと、足を踏み出した。
 一歩。そしてまた一歩。








目的の為に手段を選ばないのが比嘉のテニスだとすれば巴ちゃんの存在は非常に痛いだろうな、と。

初出 2010.8.24.

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