ワンサイドゲーム。
一方的、よりむしろ圧倒的だった。
1セットマッチがあっという間に終了し、それなのに、巴の身体は汗だくだ。
フルセット戦った時のように息が荒い。
対して、ネットを挟んだ向こう側の幸村は髪一筋の乱れも感じさせない。
試合前と何も変化を感じさせず、穏やかな表情で巴を見下ろしている。
これが、実力の違い。
完膚なきまでに打ちのめされた巴に、幸村は静かに言った。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず……なんて言うけれど、周りや自分の力量を推し量り損ねているようじゃまだダメだよ」
静かに諭す幸村の言葉が胸に痛い。
その通りだ。
この程度で、思い上がるなんて物知らずにも程がある。
悔しい、悔しい。 恥ずかしい。
何の反撃も出来ない自分が。
実際に対戦するまでそれに気付くことすらなかった自分が。
巴の姿が消えたのはそれから間もなくだ。
「逃げたか。まあ、なんとなく予想はついていたけれど」
柳からそれを聞いた幸村は顔色ひとつ変えなかった。
「他校の女子相手に、随分手厳しい対応だったな」
「練習試合の後のワンセットマッチの事かい?」
幸村に柳は沈黙でもって肯定を返した。
練習試合後のやりとりは柳も知るところである。
幸村は一切の手加減なく巴を叩き潰した。
これが立海の選手ならばまだ分かる。
しかし、巴は青学の選手だ。
「でも彼女、最後まで諦めなかったよ」
そう言った幸村の口調はどこか楽しげですらあった。
圧倒的な力の差を見せつけられてなお、最後の一球を決められるまで巴の目に諦めや絶望が宿ることはなかった。
極限まで集中し、必死でボールに食らいつく。
そうでなければ一試合済ませた後とはいえ1セットマッチであそこまで体力は消耗しない。
あの集中力と負けん気は彼女の宝だ。
「さすが、テニスを始めて一年足らずでここまでのしあがっただけはあるよ。
運だけじゃ勝ち続ける事は出来ない」
運だけで勝てるのは緒戦の一、二回がせいぜいだ。
ミクスドとは言え全国大会まで勝ち進み、そして全国選抜のメンバーと練習試合と言えども勝ち続けるのは不可能だ。
周囲よりやや劣る技術力を補う勝負強さと、経験不足を凌駕する勘の良さ。
「ならば精市、何故赤月の自信を奪うような真似を」
問うてみたものの、その答えは柳にも推測できていた。
「それこそ分かりきってるだろ。
慢心は成長を止める」
ここで満足してしまっては巴はここまでだ。
以降の成長などたかが知れている。
「柳、俺はね、このミクスドを合宿だけで終わらせるつもりはないんだ」
正直ダブルスにあまり興味はなかった。
けれど、巴とのダブルスは面白い。
不安定で不確か。
どこまで高みに昇れるのか。可能性は未知数だ。
何より掛け値なしで楽しいのだ。
だから。
「……だから、巴にこんなところで満足してもらっちゃ困るんだ」
もっと上へ。
それじゃなきゃ意味がない。
「さて、じゃあお姫様を探しに行こうかな。
その場の勢いで逃げ出したはいいけれど、戻るに戻れなくて困ってるだろうから」
そう言って幸村は微笑んだ。
巴がそのまま逃亡するなどとは露ほども考えていない、そういった風情で。
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