きっと、大丈夫






「はい、そこまで」

 ぽん、と手を叩く音と同時に背後からかけられた声。
 壁打ちの手を止めて振り返ると、そこに立っていたのは白石だった。


「まだ、終わらせるつもりはないんですけど」
「ここんとこうまくいかへんから自主練?」
「……はい」


 せめてこの中のボール分はやってしまおう、と思って用意したカゴにはまだ半分以上ボールが入っている。
 ここのところ、ずっと自分の思うようなテニスができていない。
 試合内容は勝敗に関わらず無様なものばかりだ。
 こんな事ではいけない。
 スタート時点から落ちこぼれの自分がこの合宿で最後までついていくには他の選手の何倍もの練習を積まなければいけないのだ。
 そう思って自主練習をしていたところだ。正直、白石に水を差された思いが強く、つい声にトゲが刺す。

 それを白石も感じ取っていないわけではないだろうに、まったく意に介する様子も見せずに床に転がったボールを一つ手にとって、右手で軽く弄ぶ。



「で、結果はどう?」
「はい?」
「満足する球は、打てたん」
「…………」
「打てへんやろ」



 見透かされたような白石の台詞に、言葉を失う。
 ようやくかすれた声で、どうして、と問うと白石は当たり前の事のように答えた。


「頭ん中煮詰まってわやくちゃになってる状態で何百球打ったかて、満足な球なんか打てるわけあらへん」



 持っていたボールを軽く放り投げ、左手に持っていたラケットで軽く打つ。
 お手本のようにきれいなショット。
 壁に当たったボールは吸い寄せられるように再び白石の手元に還る。


 自分にはできない。
 白石の言うとおり、何度打っても満足できない。
 思うような球が打てない。
 焦れば焦るほど心と体のバランスは崩れていくばかりだ。



「……でも、じゃあ、どうしたらいいんですか」


 人の倍以上努力しないとおいつかないのに。
 それに意味がないと言われてしまったら、巴はどうしたらいいのかわからない。
 まるで自分に意味がないと言われているかのような気分に陥ってしまう。


 うつむいた巴の頭に、ぽん、と白石が手を置いた。



「大丈夫やて。スランプなんて誰にでもあんねん。
 落ち着いてゆっくりひとつひとつあかんとこ直してったらええ。俺がついてるから」




 頭に置かれた手が、かけられた声が優しくて涙腺が緩む。
 堪えきれず、涙が零れ落ちた。


「……すい、ません……迷惑かけちゃって……」
「迷惑とちゃうよ。好きでやっとんねんから」



 むしろ、自分が側におる時で良かった思てるくらいや。

 そう言ってくれる白石の気持ちが有難くて、嬉しくてまた泣けてしまったが、同時に切れそうに張り詰めていた気持ちがふっと緩んだような気がした。
 きっと涙と一緒に余計なものも流れ落ちてしまった。



 睫にまだ残る涙をジャージの袖でぬぐう。
 今度はもっといいテニスができる。
 そうしたら、今度は涙ではなく笑顔を返せるように。







白石は面倒見よさそうっすよね。四天のおとうさん。

初出 2010.6.3.

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