「……クソ」
コートに巴の姿が見つからない事に気が付き、日吉は彼には珍しく無意識に舌打ちをすると踵を返して合宿所内に舞い戻った。
館内を一通り探してみるが、巴の姿は見つからない。
嫌な予感が胸の中に広がっていく。
脳裏に、さっき手酷い言葉を投げつけた時の巴の顔が蘇った。
あれから、さほど時間は経っていない。
頭に血を上らせて合宿所を出て行ったとしても、昼間のバスの本数などたかが知れている。まだ追いつける。
走り出そうとする日吉の心の反対側で別の声がした。
放っておけばいい。
たかが一週間の合宿期間を無駄に費やしているのは彼女自身だ。
忠告はした。
自分の言った言葉に嘘はないし、後悔もしていない。
それを受けた彼女の答が逃亡というものなのならば、好きにすればいい。
そもそも自分には初めから関係がない。
気付かなかった振りをしておけば、夜には自分からコーチに連絡を入れてくるだろう。
その頃にはもう、どれだけ心境が落ち着こうと再び戻る事は叶わないだろうが。
尤もだ。
そう思いつつ、日吉は階段を駆け下り、合宿所を飛び出した。
道路に人影はない。
スピードを緩めず、走り続ける。
巴のような選手を、日吉は大勢知っている。
全力を尽くして、真剣に戦って負けるのが怖くて。
本気を出していないから勝てないだけだと、見苦しい言い訳を自分自身に繰り返す。
対戦相手云々以前に、自分自身に負けてしまう。
そうやって消えていく選手のどれほど多い事か。
戦う前に勝てない理由を決めていれば、負けたとき楽だ。
そして、認めたくはないが、日吉にだってその弱さはないとは言い切れない。
腹が立つ。
簡単に全てを投げ出して逃げ出そうとしている巴に。
その気持ちを片隅で理解できてしまいそうな自分に。
彼女は日吉の弱さそのものだ。
いつも目を背けていたいものを、眼前に突きつけられる。
初日には下から突き上げてくる強さを。
そして今は内面に潜む弱さを。
目を逸らそうとしても無視し続ける事は不可能だ。
なら、自分は逃げない。
そして、巴もまた逃げさせない。
力を出し尽くす事もなく戦線離脱など、この自分が許さない。
絶対に見つけ出して引きずってでも連れて帰る。
全力で走り回っていた日吉の目に、交差点で信号待ちをする巴の長い髪が目に入った。
追いついた。
彼女を引き止めるチャンスが残っていた事に思わず安堵の声を洩らしそうになる。
楽な方になど、行かない。行かせない。
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