「……そうなんですよ!」
廊下の向こうから聞こえてきたのは巴の声だった。
楽しげな口調。
話が弾んでいるようだが、相手の声は聞こえない。
携帯電話でも使っているのだろう。
そう思いながらそちらへ歩いて行った南の視界に、やがて巴の姿が映る。
が、想像とは違い彼女の手に携帯はなかった。
「そうですか?
でも私それはどうかと思うんですけど……」
「ウス」
「あ、やっぱりそう思いますか」
代わりにいたのは、氷帝の樺地である。
巴の話し相手はどうやら彼らしいのだが……。
その全ての相槌が『ウス』としか聞こえないのは気のせいだろうか。
「おい樺地! そんなところで何油売ってやがる!」
「ウス!」
「分かってる、早く来い」
顔を覗かせた跡部の呼びかけに、やはり同じように答えて樺地が去っていく。
「それじゃ樺地さん、また練習時間に! ……あれ、どうしたんですか、南さん」
「いや……お前は、樺地が何喋ってるか分かるのか?」
「分かりますよ?」
南の質問に、逆に不思議そうに答える。
彼女にとっては当たり前のことらしい。
そういえば、氷帝で樺地とペアを組んでいる鳥取も、樺地と普通に会話をしている……ような、気がする。
さっきの様子からして跡部もだ。
「よ、どしたの南?」
廊下で考え込んでいる南に声をかけた千石は、南から大真面目な顔で甚だしくバカバカしい質問をされることになる。
「千石……樺地が言ってる事が『ウス』としか聞こえないのはひょっとして俺だけか?」
「はぁ?」
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