「仁王さんっ!」
仁王が食堂に入ると、声と同時に反対側から巴がかけてきた。
朝の挨拶にしてはいささか顔が険しい。
「ん、もう朝メシは終わりか、巴?」
「ええ、仁王さんのおかげで!」
対して涼しげな仁王の対応。
それだけで横にいた柳生にはなんとなく事の想像がつく。
「……仁王君、また彼女を騙しましたね?」
「そうなんですよ、柳生さん!
今朝から朝食の時間が短縮になって遅れた選手には野菜ジュースの代わりに乾先輩の野菜汁が強制的に飲まされるって……」
どうりで早いわけだ。
しかし冷静に考えればおかしいとは思わなかったのだろうか。
同じ事を仁王も思ったらしい。
「プリ。お前さんもいいかげん、疑ってかかるって事を覚えんといかんのう」
「って、仁王さんがウソつかなきゃいいだけの話じゃないですか!」
彼女のいう事ももっともではあるが、如何せん頻度が高すぎる。
この合宿が始まって数日しか経っていないというのに何度彼女が仁王にひっかけられたか柳生も覚えていない。
ここまで歯ごたえがないとつまらないのではないかと思うが、仁王曰く『却って面白い』のだそうだ。
「俺は世間の怖さを教えてやってるナリよ」
「まあ、巴さんは純粋なんですよ」
「ほぉ、純粋、ねえ。……まだサンタクロースが来るとか?」
バカにしたように仁王が言う。
遠まわしにバカにされているのは巴とは別の誰かだが。
いくらなんでもそれはないだろう、と柳生が口を開くよりも先に巴が反論する。
「サンタさんはもう来てないですよ!」
それはそうだろう。
中学生にまでなってサンタの存在を信じているのはうちのエースくらいのものだ。
「一昨年ついに真実を知ってしまいましたから……」
一昨年?
さすがの仁王も予想外だったらしく絶句する。
「……巴さん、六年生までサンタを信じてたんですか」
「サンタの姿を見ようとしたばかりに、夢が壊れました」
二人の様子には気付かず肩を落とす巴。
その年のクリスマスの悲劇を思い出したらしい。
と、話題がズレていることに気が付き勢い良く向き直る。
「……と、それは今関係ないじゃないですか!
とにかく、もうこれからは騙されませんからね! 仁王さんの言う事は信用しませんから!」
そう言って(柳生には頭を下げて)食堂を後にする。
残された仁王と柳生は、無言で視線を交わした。
「柳生」
「なんですか?」
「騙されんようになると思うか?」
「……遺憾ながら、難しいでしょうね」
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