休憩時間のことだった。
「葵くん、ちょっとそこに立ってくれる?」
いきなり巴が葵のところにやってきて、そう言った。
そう言われてもどういう意図なのかさっぱりわからない。
「え?」
「あ、そのままじっとしてくれてるだけでいいから」
言うと同時に葵の背後に回り込み、ぴったりと自分の背中をつける。
葵としてはこんなに女の子と密着したことなんてないので、完全に動転してしまって今の状況が把握出来ない。
「え、あの、赤月さん?」
「那美ちゃん、どう?」
「え?」
いつの間にか横に立っていた那美が、目視で判定を下す。
「はい、残念でした。
やっぱり葵くんの方が高いよ」
「ちぇーっ。あ、葵くん、ありがとう」
……なんだ、背比べか。
まあそりゃそうだよなー、と密かにがっかりする葵には巴は気付かない。
「あー、一年生の中では一番大きいかと思ってたのに!」
「それって嬉しいものなの?」
素朴な疑問を口にする。
女の子ってのはあまり背が高いのは嫌じゃないんだろうか。
「だって、体格がいい方が力強いショットが打てるじゃない」
なるほど。
「バカじゃないの。
どうせ一番なんて言ってられるのも今のうちだけでしょ」
「ちょっと、それどういう意味!」
憤慨する巴にそっぽを向き、つまらなそうな顔でドリンクを口にしているのはこと身長に関しては一年生の中で下から数えて一番のグループに入るリョーマである。
彼としては、一年生という枠では区切らないで欲しいだろうが。
ちなみに、上から一番なのは巴じゃなく葵だと先程確定したばかりなのだけど。
「こっちはこれから成長期なんだから、身長『も』来年には俺らが追い抜いてるって話」
『も』に力を入れるあたりがいやらしい。
もっとも、背の高さとテニスの実力が比例しないことは自明の理である。
三学年合わせて一番身長が低い鳥取は女子トップクラスの実力者であるし、リョーマ、那美、騎一、金太郎と一年生に至ってはむしろ小さい選手に実力者が多い。
「そ、そんなの来年になってみなけりゃわかんないじゃない!」
「わかるって。お前の成長期なんてもう終わってんじゃないの」
「わいはでっかなるって白石が言うとったで!」
いきなり顔をだした金太郎が得意そうに言う。
今一体どこからやってきて、どこから話を聞いていたのか。
「私だって、まだまだ伸びるかもしれないじゃない、原さんみたいに」
「私を引き合いに出さないで!」
離れた場所から即座に抗議の声が入る。
原の身長はいくつなのか知らないが巴より少なくとも15cmは高い。
どこまで成長したいのか巴は。
「わいやって手足がデカイから身長もデカなるって。
来年か再来年には千歳くらいになっとるわ」
一年生たちの大きい声はよく響く。
謙也がそっと傍らにいた白石に尋ねる。
「白石、いくらなんでも千歳越えは無理あるんとちゃうか?」
「……そこまでは俺も言うてへん」
「けど、リョーマの野郎の理屈で行くと、それこそ俺や葵は更にデカくなるってことにならねえ?」
「隼人、それリョーマくんに言わないでよ。また揉めるから。……けど」
不意に騎一が考えるような素振りを見せる。
「どした?」
「一年生ってまだいなかったっけ?」
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