夜間の調理場なんてのは基本、それほど人がいないものだと思うのだけど、今日に限ってはそうでもないらしい。
「なんやええ匂いすんねんけど、食いもんあるん?」
そういって調理場に乱入してきた金太郎に続き、
「金ちゃん、あんまり廊下全力疾走すんなて言うてるやろ」
続いて金太郎に注意しながら入ってきた白石。
もっとも、この注意事項なんかは金太郎の耳には右から左のようだが。
調理場に足を踏み入れた白石が、巴と木手の姿に目を留める。
「あ、もしかしてお邪魔やった? そやったらゴメンな」
「白石くん、冗談はそのふざけた包帯だけにしておいてください」
大してすまなそうな様子もみせずにこやかに言う白石。
にこりともせずに言い放つ木手。
ちょっとその言い方はないんじゃないですか、とぼやく巴は完全に黙殺されている。
そして、乱入してきた張本人、金太郎の目に映っているのはそのどれでもない。
「あ、やっぱり食いもんや!」
先程巴が気分転換と称して作っていたオムレツ。
その一点しか金太郎、見ていない。
「……良かったら、いる?」
「ええのん!?」
作る過程が重要だったので、特別お腹が空いているわけでもない。
目を輝かせる金太郎の頭を白石が軽く小突く。
「金ちゃん、図々しいで」
「ええやん、わいがくれって言うたんやない。巴がくれるって言うてんのやから」
確かにその通りではあるが、「くれ」と言っていないだけで欲しがっているのは明々白々である。
「練習用に作ってただけなんで、よければあったかいうちにどうぞ」
「あ、ほんま? ほな」
「ってなんで白石が先に手ぇだすねん!」
意地汚く先輩後輩の二人が手を伸ばす。
「あの……なんならもう一人分、作りますけど?」
「いやー、そら悪いで」
「まったくそんな表情には見えませんが」
「あ、木手さんも良ければ」
「俺は別に彼らのように飢えてはいませんよ」
うるさいのでさっさと退室しようとしていた木手だったが、巴が100%好意で言ってくれているのでつい足を止めてしまった。
彼にしては珍しい。
「食ってったらええやん。うまいで?」
「と、金太郎くんも言ってくれてますし、オムレツつくりの練習に協力すると思ってここは是非」
こういわれると、無碍にも断りにくい。
少し考えて、木手は腰を下ろす事にした。
「失敗しないでくださいよ?」
「はい、もちろん!」
このあと、同様に食物の気配をかぎとって姿を見せた桃城や菊丸、丸井なども交えてちょっとした食事会状態になり、最終的に何事かとやってきた吉川に怒鳴りつけられる破目となるのは数十分後のことである。
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