「あ、こんにちは、忍足さん」
休憩中、給水場で巴がかけた言葉に、忍足侑士と忍足謙也の二人が振り返った。
二人がセットで話をしているようだったから『忍足さん』でまとめて呼んだのだが、振り返ったその表情を見る限り、それはいささか謙也のお気に召さなかったらしい。
「今のは、どっちに対して言ったんや、巴」
「え、別に……お二人に対してですけど」
「ええやん、別にどっちでも」
「ええことあるか。お前と一緒にされるんは迷惑やっちゅう話や」
この合宿所には同じ苗字の人間が何人かいるので確かにややこしい。
一人だけがいる時はいいのだけどこうして二人セットでいると、確かにどちらをどう呼べばいいのか巴も少し困る時がある。
不二兄弟は「不二先輩」「不二さん」で呼び分けているし、橘兄妹は「橘さん」「杏さん」とずっと呼んでいたので支障はないのだけどこの合宿で初めて知り合いになった忍足や木更津はついまとめて呼んでしまう。
木更津兄弟はそれで別に不満を言ったことはないのだけど、忍足たちはそうはいかなかった様だ。
「あ、じゃあ『侑士さん』『謙也さん』って呼べばいいですか?」
それほど親しいわけでもないのに名前で呼ぶのはどうかな、と思っていたのだがこれが一番無難だ。
そう思って提案してみたが、予想外にクレームがつく。
「こんなん名前で呼んだる必要ないわ。『氷帝のメガネ』で充分や」
「……ほー。
そんならお前は『浪速のスピードスター』とでも呼んでもらったらええやん。お笑い種やけどな」
かっちーん。
そんな音が聞こえそうなくらいにはっきりと忍足侑士が機嫌を損ねたのがわかる。
忍足謙也は初めから喧嘩腰だったので、変化はない。
「なんやと?
お前こそ何が『天才』や。ちゃんちゃらおかしいっちゅうねん。キッモイ風貌しおってからに」
「誰がキモいねん! 大体見た目とテニス関係ないやろが!」
「え、あの、ちょっと」
なんでこんなくだらないことで喧嘩になっているんだろう。
口を挟もうにもテンポが良すぎて入り込めない。
「あ、大丈夫大丈夫。ほっといてええから」
「ヘタに口を出すだけ無駄だ」
「……そうですか?」
そういって部長二人があっさり巴をその場から避難させてしまっていることに忍足達が気が付くのはもう少し後のことになる。
そして、今日も巴は二人をこう呼んでいる。
「忍足さん、おはようございます!」
もちろん、二人が別々に行動しているときに。
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