「あれ、巴?」
食堂で雑談をしていた菊丸が、巴の姿を見つけて驚いたような声をあげる。
つられてそちらを向いたブン太は、一瞬それが誰かわからなかった。
「あ、菊丸先輩。皆さんもこんばんはー」
てけてけとこちらにやってくるのは、言われてみれば確かに巴だ。
先程そこの自販機で買ったのだろう缶ジュースを手に持っている。
「どしたの? その頭」
木更津の指摘に、巴が照れたような顔で頭をさわる。
いつもおろしたままの長い髪が巴のトレードマークだが、今日はキレイに纏め上げている。
編みこんだ髪を両サイドでまとめて御団子にした髪型は、いつもと雰囲気が違ってそれはそれで可愛らしい。
もっとも、彼ら男子諸君にはあの髪がどうなってこういう形を形成しているのかまったく理解不能ではあるが。
「さっき、部屋でみんながやってくれたんです。何十分も動けないで……大変でした」
先程までの苦行を思い出したのだろう、巴が一気に疲れたような表情を見せる。
要するに女子選手のオモチャにされていたということか。
あまりその苦労は想像したくない。
「ふーん、でも似合ってんじゃん」
「うん、可愛い可愛い」
向日の言葉に、他の皆も頷く。
そこに至るまでの苦労はしらないが、女子のセンスはさすがにいい。
それを聞いて、巴もはにかむように笑った。
「ありがとうございます!
そう言って貰えるとやっぱり嬉しいですよね。
そういえばさっきそこで、手塚先輩や真田さんにもほめてもらったんですよ」
「……え?」
ものすごく意外な人物名に、その場の空気が凍る。
手塚と真田が、女子の髪型をほめるなんて事があるんだろうか。
想像も付かない。
「マジで真田が?」
一番に衝撃から醒めて食いついたのはブン太だ。
もしそれが真実ならこれほど面白い話はない。
是非とも立海の他のメンバーに言いふらしたい。
「はい。
そこの自販機そばにお二人がいたんで挨拶したんですけど、その時に」
一体あの二人がどんな風に。
そう期待して聞いたがその答えは非常に拍子抜けするものだった。
「活動しやすそうな頭でいいな、って」
思わずがっくりと肩を落とす。
横で木更津が「まあ、そんなことだろうと思ったけどね」と呟いた。
他所の学校の生徒の方がよくわかっている。
「……モエりん〜、それほめられたってもちょっと違うんじゃないの?」
「そうですか?
でも本当にこの髪、動きやすくていいんですよ」
そういって頭を軽く振ってみる。
「じゃあいつもまとめときゃいいじゃん」
「それは、無理です。再現できません」
やけにキッパリと巴が断言する。
っていうかそれを自信満々に言うのはどうなんだろう。
「いや、でもまあそもそも俺たちの『可愛い』より彼らの『活動しやすそう』の方が本人も嬉しそうだよね」
後から木更津が言った言葉が全てである。
まあ要するに巴の感性は基本手塚真田レベルなんだなー、とこの場にいた全員に認識されたのは言うまでもない。
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