その電話は本当に唐突だった。
『木手さん、外見ました?』
挨拶もなにもなく、いきなりテンションの高い巴の声。
そもそも彼女からメールではなく電話というのがまず珍しいのだが。
「外に何があるというんですか。
順序立てて話してくれないと何が言いたいのかさっぱり理解できませんよ」
『あ、そうですよね。すいません。
月です。今夜は月が大きく見える日なんだって、木手さん知ってました? 見ました?』
「ああ、スーパームーンですか」
それならばニュースや新聞の情報で知っている。
知ってはいるが、見てはいない。
『今年は満月だからものすごく月が大きく見えるんですよ! せっかくの機会なんですから見てくださいよー』
「格別興味はないんですが」
そう言いながらもあまりに熱心に巴が言うので部屋の窓から空を見てみたが、角度の問題で月は見えない。
仕方がないので外に出る。
わざわざ何の用もないのに外に出るのを家族に見とがめられても面倒臭いのでラケットを持った。
外は思っていたよりも明るい。
月の光のせいだろう。
空を見上げると、そこにはいつもより確実に大きな月が浮かんでいた。
「ああ、確かに大きいですね」
『普段より14%大きく見えてるらしいですよ』
「けれど確か去年も満月のスーパームーンじゃありませんでしたか」
そう言うと、受話器の向こうで『そうだったんですか?』ととぼけた返事が返ってくる。
どうやら去年は知らなかったらしい。
とはいえ木手も去年の月を見たわけではない。
しかし手にラケットを持っているからか、大きな月を見てなんとなく打ちたいと思ってしまうのは如何ともしがたい。
月をとらえようと空に梯子を伸ばす男の童話をなんとなしに思い出した。
『月が綺麗に見えてるってことは沖縄は今晴れてるんですね』
言わずもがなのことを巴が言う。
しかしその台詞で木手も一つの確信を得た。
「ええ、晴れていますがあなたのその口ぶりから察するにそちらは月が見えていませんね」
『え!? な、なんでわかったんですか!?』
月が大きく見えるから。
見えているから、とは言わなかった。
多分実際に見ながら電話してきていたとしたらもっと興奮していただろう。
「その程度の推測なんて簡単にできますよ」
『すごい……!』
すごくもなんともない。
巴と実際に一緒に過ごしたのは短い期間だがそれでも彼女をある程度理解している自負はある。
……その逆は知らないが。
「けれど、自分が見れてもいないものをどうしてわざわざ電話までしてきて俺に見せようと思ったんですが」
『すっごく綺麗らしいから木手さんが見てなかったらもったいないなぁって思って』
「先ほども言ったように、別段興味はありませんでしたが」
「……ひょっとして、迷惑でした?」
わざわざ外まで引っ張り出されて一人で月見。
それを誘いかけてきた張本人が傍にいるわけでもないのに。
迷惑と言えば迷惑なのだろう。
「本当に迷惑だったら付き合いませんよ」
しかし、木手はそう答えていた。
その気がなければ電話を切っている。
かといってスーパームーンを見たかったわけではない。
悪くないのは巴の声を聴きながら時間を過ごすことだ、とは口が裂けても木手は言わない。
画面越しに見てもこの印象は伝わらないだろうと思いつつも携帯で月を撮影し、画像を巴に送る。
少しして届いた彼女からの返信の一文に木手は少し苦笑した。
”大きい満月ってなんだか見てると打ち返したくなりますね”
|