初めてぬくもりを感じた日






 この日はずいぶんと上天気だった。
 小春日和、というのだろうか。
 さすがに陽射しはずいぶん弱々しくなっているが、風のない今日みたいな日は外でじっとしていてもさほど寒くない。

 今日は日曜日だ。

 河川敷のコートで練習中な訳だが、こうして休憩しているとあまりの気候の良さに眠気が襲ってくる。
 昼食を食べたあとの満腹状態なら尚更だ。

 神尾が大きなあくびをする。
 橘がそれを見て苦笑しながら腕にはめた時計に目をやった。

「そろそろ、練習再開するか。
 この調子だと寝てしまいそうだ」

 そう言って立ち上がり、周りを見るが本日練習に参加しているメンバーのうち、二人ほど姿が見えない。



「深司と巴か……どうしたものかな」

 さほど離れたところにいるとも思えない。
 探せばすぐに見つかるだろう。

 ……しかしそれをするには少し抵抗がある。
 付き合ってはいないそうだが巴が伊武に好意を抱いていることは確認するまでもなく明白だ。
 なら、せっかく二人きりでいるのに邪魔をするのは野暮というものだろう。

 今日は自主練習だ。
 強制する必要もない。

 そう思っていた橘だったが、横にいた神尾にそこまで気の回るはずもない。

「あ、深司と巴がいないみたいっすね。呼んで来ます!」

 いやその必要はない、と橘が言う間もなく持ち味のスピードを発揮して神尾が走って行く。
 ため息をつくと、橘もその後を追った。





 大体のアタリはついていたので、巴の姿はすぐに見つかった。
 大声を出して呼び掛ける前に向こうが神尾に気付き、軽く手を振った後、人差し指を口に当てる。

 よく解らないままに彼女の側に近づいた神尾だったが、すぐにその意味が判った。


「え、深司のヤツ寝てんの?」


 伊武の姿が見えないと思ったら、巴の傍らで横になって寝息を立てている。

「ほう、珍しいこともあるものだな」
「あ、橘さん」

 後ろから橘も覗きこむ。

 これが逆ならばどうということはない。
 巴が眠りこけてその横で伊武がぼやいているなどという風景は既に見慣れたものである。

 が、あの伊武が人前で無防備に寝顔を見せるなどまずなかった。


「巴はよほど深司に気を許されているらしいな」
「ホント、あり得ねえっスよね」

 二人の言葉に、巴も嬉しそうに口を開く。

「ですよね! 私もびっくりですよ。
 なんていうか、ほら、今まで餌だけとってってさっさと帰っちゃってた野良猫が初めて触らせてくれたー、みたいな!」


 言い得て妙である。
 思わず橘と神尾が吹き出した。


 と、三人以外の低い声が間に割り込んでくる。


「野良猫……ふーん、俺そんな風に思われてたんだ」

 途端、巴がびくりと反応し、恐る恐る振り返る。
 見ると、伊武の目蓋はぱっちりと開いていた。
 ゆっくりと上体を起こした伊武に、巴が慌てて弁解を試みる。

「いやあのその、今のはですね、言葉のアヤっていうか、なんというか……」
「つーか深司、お前いつの間に起きてたんだ!?」

 立ち上がると、ちらりと神尾を見下ろす。

「神尾と巴がうるさいから目が覚めた」

 そして橘に少し頭を下げる。

「練習再開ですよね。すぐコートに戻ります。
 ……受験勉強の合間に練習付き合ってくれるのはありがたいですけど杏ちゃんに見つからないよう気をつけてくださいね」
「あ、ああ」

 痛いところを付かれた橘が曖昧に頷くと、伊武はさっさとコートに戻って行く。

「野良猫呼ばわりだってさ……別に構わないけど餌なんかくれたことあるのかな……自分こそちゃっかりよそに居座ってる迷い犬みたいなくせしてよく言うよなぁ……
「だーかーら、言葉のアヤですって!」


 明らかに聞こえるような声でぼやきまくる伊武を弁解しながら巴が追いかけて行く。


「あいつら、付き合ってないって言ってましたよね」
「らしいな」
「……わっかんねえなぁ」

 首をひねる神尾に橘は少し笑うと、肩を叩いてコートに促した。


 陽射しが気持ちいい。
 やはり、今日はいい天気だ。







居眠り、というシチュエーションが大好きなんですよ義朝は。
今回は橘さん視点。あまり話に関わりのない橘さんから見た二人。
ちょっとしたなんでもない一日。
ちなみにST2で実際橘さんは受験勉強の息抜きのテニスを「杏と深司には黙っていてくれ」と言っているあたり、伊武には弱い…?

このシリーズは泣いたり怒ったり忙しいのでたまにはゆっくりと。
いよいよ次でラストです。

2007.12.7. 義朝拝

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