兄弟の一番上で、下が女ばっかりっていう家族構成が原因なのか、持って生まれたこの性格のせいなのかは解らないけれど、気がついた時にはもうずっと、何かに期待したりするようなコトが無くなってた気がする。
自分の手で掴み取る事が出来るモノ以外は、初めから手に入らないモノ。
いずれ失われるモノ。
ずっと、そう思ってきた。
そう思っていれば、たとえ目の前からそれが消え去ってしまったとしても、諦められる。
だけどさ。
たとえばキミがどこかに行ってしまっても、俺はそうやって自分を納得させられるのかな。
携帯着信あり。
休日の昼間。カバンの中で携帯がなっていたような気がしたので取り出してみると案の定。
通知された番号に覚えはない。
間違い電話かイタズラの類いだろう、と携帯を閉じる。
と、数分もしない間に携帯が鳴り響く。
番号は、さっきと同じ。
タチの悪い業者か何かかも知れない、としばらく放置していた伊武だったがコールが延々と続くのでついに通話ボタンを押した。
「……もしもし」
「あ、伊武さん? 俺青学の越前すけど」
耳に届いた意外な人物の声に、軽く伊武は片眉を上げる。
「俺、越前くんに携帯の番号なんて教えてたっけ」
「教えてないんじゃないスか。
とりあえず俺もアンタに教わった覚えはないし」
ふてぶてしくも堂々とそんなことを言う。
「なにそれ。メガネの先輩にでも教わったの。
本人の許可もなく携帯番号調べ上げてるって失礼だとか思わないのかな……ほんっと青学の1年はナマイキなのばっか……」
「あ、一応本人の名誉の為に言っときますけど今回は別に乾先輩に教えてもらったわけじゃないっスから。
別に俺だってアンタの携帯番号なんて知りたくもないけど、ちょっと用があったんで」
「……何」
ここで無駄な口論をしていてもしょうがない。
携帯の向こう側にも聞こえるように大仰に溜息をつくと、伊武は続きを促した。
リョーマと長話してもこちらの不快指数が大幅に上昇するだけだ。
用件があるのならさっさと終わらせてもらいたい。
「昨日、赤月に会いました?」
「それが何」
「赤月、昨日から熱出して寝込んでるんすよね。多分、知恵熱で」
「…………」
確かに、昨日伊武は巴に会った。
偶然スポーツショップの店頭で。
「こないだの全国大会の時だって、アンタのおかげで赤月のコンディションは最悪だった。
……俺は、アイツのパートナーだから、そういうのは困るんだよね」
沈黙を続ける伊武に、リョーマはさらに続ける。
「アンタにその気がないんなら、アイツを振り回すの、やめてくれませんか
その気がないのに半端に関わられたら、アイツ傷つくだけだから」
わざわざご丁寧に人の携帯番号を調べ上げて、延々とコールをし続けて。
ただ、この言葉を告げる為に。
そのいい様とは真逆の行動は、多分少し自分に似ている。
「……大切だよ。
とても、大切な存在だと思うよ」
ぽつりとこぼれるように告げられた言葉に、少し受話器の向こうに動揺が見えた気がした。
「じゃあ、なんで」
「だけど、その『大切』の意味するものが、俺にはまだわからないから」
「『意味』……?」
「君が言うような、巴が欲しがっているような意味じゃないのかもしれない。
それがわからないから、ハッキリしたことなんて、何も言えない」
リョーマの言うとおり、半端な思いは巴を傷つけるだろう。
だけど、半端な思いを無理に分別して偽ることは、彼女に対する背信行為だ。
不器用な返答に、つかの間沈黙が落ちる。
「……最後にもうひとつだけ、訊いていい」
「何」
「なんでアンタ、ちゃんと俺に答えてくれたわけ。
言わば俺、部外者なんだから答えてやる必要なんて別にないんじゃないの」
質問している側から出たとは思えないような発言に、伊武はどうということもない、と言ったいつもの口調で答えを返す。
「キミも、巴のことが大切なんだなぁ、と思ったから」
「なっ!? 俺は、別に……!」
声を荒げるようにして反論を始めたので、そっと携帯を耳から遠ざける。
その『大切』の意味はわからないけれど。
だから、誠実に答える義務が自分にはあると、そう思った。
「……ところで、俺は見舞いに行った方がいいわけ?」
「さあ、来たけりゃくれば。また熱があがるかもしれないけど」
来るのは構わないけれど、その時は巴本人にさっきの答を言ってやってよね。
ハッキリしないままでいいから。
その言葉を最後に切られた電話をしばらく見るともなく見ていた伊武は、やがて立ち上がると部屋を出て行った。
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