全国大会が終わると、もう季節は秋だった。
三年の先輩たちは引退し、文化祭の準備が始まった。
新人戦もある。
巴の周囲は先に先にと進んで行く。
停滞しているのは、ひとつだけ。
「ああ、そうだ。全国大会優勝おめでとう。
……まあ、今更何言ってんだとか思ってるんだろうなあ。けど大会終わってから今日まで会うことなかったんだからしょうがないんだけど」
いきなり街で伊武に出くわしたのはそんなある日だった。
彼の言葉通り、あれから伊武と言葉を交わしてない。
大会以降顔を合わせたのは今日が初めてだった。
バタバタと予定に追われていた為もあるが、果たしてそうでなくても前みたいに連絡していたかどうか。
忙しさは、ただの免罪符だったのかも知れない。
それが、買い出しで入ったスポーツショップで偶然、伊武に出会ってしまった。
こんなことなら、もっと前に連絡とかしておくんだった。
いきなりで、心の準備が出来てない。
なにを言えばいいのか、さっぱりわからない。
どうしたものか、とテンパっていた巴に、伊武が開口一番告げた言葉が先程の台詞である。
「あ、ありがとうございます……」
「まったく、恵まれすぎだよなあ。一年でレギュラーどころか全国大会優勝なんて」
わざとらしくため息をついてボヤくその様子は大会前の伊武とまるで変わらない。
「別に楽して優勝した訳じゃないですよ!」
思わず言い返す。
こんなやり取りも以前と同じ。
そう、何も変わらない。
なのに、なんでこんなに寂しい気持ちになるんだろう。
「何、いきなり静かだけど。どうかした?」
急に黙り込んだ巴に伊武が不審気に声をかける。
その様子も、いつもと変わらない。
「……どうして」
「は?」
言わない方がいい。
余計な事は何も。
「どうして、あの時私を避けたんですか?」
わかってるのに。
「……あの時」
「全国大会の時ですよ!
伊武さん、私と目があった時、逸らしたじゃないですか」
微かに伊武が眉を寄せた。
「ああ、あの時。
……何、俺はキミと目があったら必ず何かリアクション返さないといけない訳」
「そうじゃないです……そんな勝手な事、言わないです」
口ごもる。
そうじゃない。
けど今思ってる事だって巴の一人よがりなワガママだ。
一つ、伊武がため息をつく。
「だってあの後、キミ試合だったじゃないか。
集中しなきゃならない時に余計な波風立てない方がいいだろ」
「余計じゃないですよ!」
実際には、巴は逆に集中どころではなかったのだがそんな事が言いたいんじゃない。
あの時、伊武は声をかける隙すら見せてくれなかった。
関わることを、全身で拒否していた。
「八つ当たりだって、なんだっていいから、伊武さんの悔しい気持ち、私にも分けて欲しかったです」
「……わからないよなぁ。
なんで一々面倒なことを引き込もうとする訳。
俺のことなんてどうだっていいだろ。キミには関係ないんだから」
「関係なくないです!」
伊武がそう言った瞬間、巴が怒鳴るように遮った。
その勢いに驚いて巴の顔を見ると、上目遣いにこちらを睨みつけている。
違う。
これは、泣きそうなのを堪えている顔だ。
「私だって、今まで伊武さんにしてもらった分、返したいです。
そうじゃなくたって、……好きな人が辛いときには、力になりたいって、思います。
それが、私だけの勝手な考えだって、私にとっては、全然関係なくなんか、ないです!」
言うだけ言うと、ぺこりと頭を下げて巴は青学の方向へと走り去る。
その後姿が視界から消えるまで呆然と見送り続けていた伊武は、彼女の姿が消えて、しばらく経った頃にようやく「…………え」と、自体を把握したのかしていないのかよくわからない声を漏らした。
「おかえり。遅かったね……っぷ」
疾走して帰宅してきた巴は、声をかけてきたリョーマに走ってきたその勢いのままに買出しの荷物を押し付けると、両手で顔を覆い、その場に座り込んだ。
当然発されたリョーマの抗議の声も耳に入らない。
「あああああぁぁぁぁぁぁ〜っ!」
言っちゃった。
いきなり、なんであんなこと。
訳わかんないこと言い出して、いきなり怒り出して。
どう思われちゃっただろう。っていうかどうしよう。
自分で自分の言ったことが信じられない。
思い返すだけで顔から火が出そうに恥ずかしい。
今さら顔を赤くしたり青くしたりしながら奇声をあげて首を振りまくる巴の耳には当然、「ちょ、ちょっと小鷹! 来て! 赤月が壊れた!」というリョーマの声は耳に入ってはいなかった。
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