絶対に不動峰と青学で決勝戦をやる。
それが100%実現可能な夢だと思う程楽天的じゃなかったけれど、実現不可能と思う程悲観的でもなかった。
ただ、どちらにせよこんな形でそれが壊れるとは思わなかった。
「橘さん、まだやれます! やらせてくださいっ!」
自分の試合を終えた巴がコートに着いた時、既に体勢は決していた。
常にはない様子で伊武が叫ぶ。
日頃感情をあまり表に出さない伊武とも思えない。
それだけ、必死なのだろう。
本心からの叫びに、しかし橘は首を横に振った。
無理もない。
どれだけ伊武が試合の続行を望んでいてもそれが無理だということは、端から見ていてもわかってしまった。
わからなければ、巴もただ橘を責めることができた。
だけど、巴も、同じ答えを抱いた。
これ以上の試合の続行は、勝ちを得る事が出来ないばかりか伊武自身をも壊しかねない。
きっと、伊武だってそんな事はわかっているのだろう。
だからこその訴えが、痛かった。
四天宝寺への完全な敗北。
思いも寄らなかった完敗という形で不動峰の夏はおわった。
コートから立ち去る際に、ふと伊武が観客席に目を上げる。
巴と、目が合う。
何か。
何か言わなくちゃ。
そう思うのに、思考が混乱して何も言葉が出てこない。
あせるほど、適切な言葉は浮かばない。
と、伊武が眉を顰めて視線を逸らした。
そのまま、巴の方を一瞥することもなく背中を向けて去っていく。
体中の血が冷え切ったような気がした。
避けられた?
気が付かなかったなんて事はない。
確かに、伊武は巴の姿を認めて、眉を顰めたのだから。
『わかったような顔で上っ面だけの慰めなんか自分だったら言われたくない』
不意に、以前伊武が言っていたそんな言葉が脳裏に蘇る。
まさに今がそうなんだろう。
巴が何を言おうと、上っ面だけの言葉だと思われるんだろう。
自分は、ずっと辛いときに助けてもらっているのに。
伊武が辛いときに巴には何も出来ないのだ。
「……赤月?」
傍にいたリョーマが怪訝そうな顔で巴の方を見て、瞬間、ぎょっとした表情に変わる。
そして慌てたように那美を呼び寄せる。
「ちょ、ちょっと、どうしたの、モエりん!?」
「……え?」
那美に言われて、初めて自分が泣いている事に気が付いた。
大丈夫、なんでもない。
そう言いたかったけれど、口から出てきたのは嗚咽だった。
今までずっと与えてもらっていた暖かな、幸せな感情とは相反する、引き攣れるような痛み。
こんな痛みは知らない。
だけど、確かにそれは同じ想いから与えられたものだった。
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