「ん、巴。 お前の携帯が鳴っているんじゃないか?」
微かに聞こえて来たメロディに気付き、橘が言う。
「あ、本当ですね。私の携帯のアラームです」
巴が鞄から携帯を取り出す。 鞄という防音壁から放たれてひときわ大きく鳴り響く携帯は彼女が簡単な操作を行うと沈黙した。
「アラーム? こんな時間にか?」 「はい、私いつもうっかり寄り道とかしちゃって帰る時間が遅くなっちゃうんで自分で気がつけるようにこの時間に鳴るようにしているんです。 まあ、今みたいに鳴っていても気がつかない時も多いですけど」
そう言って苦笑する。
と、いうことは今の音は帰宅の合図ということか。 ……余計なことを言わなければよかった。
思わずそんな考えを抱く橘だったが、かといって携帯の音に気がついていながら知らないふりが出来るほど彼は器用ではない。
「……もうこんな時間だったんですね」
携帯の画面に表示された時刻を見つめながら呟くように彼女が言う。
あっという間だ。
今日彼女と待ち合わせていたのはついさっきのことじゃなかったか?
普段時計を持ち歩かない彼女は、携帯さえなければ別れの時間に気がつかなかっただろうか。
そんなことを考えているうちに橘の手は半ば無意識に巴の手から携帯を取るとその電源を切ってしまっていた。
「橘さん……!?」
巴の声に我に返る。 自分が今何をしたのかに気付くと狼狽した。
「あ、す、すまん!」
ナニをやっているんだ俺は。 衝動のままに行動するとはまさに子供だ。
そう理性で思いつつも、身体は感情に従い正直だ。 唇をついて我侭な本音が出る。
「……もう少し付き合ってもらえないか? いや、別に何か当てがある訳ではないんだが……もう少しだけお前と一緒にいたいんだが」
自分で言ってて恥ずかしい。
呆れられただろうか、と巴の顔を見ると、少し驚いたような表情。 思わず前言を撤回しようと思ったが、すぐにそれは笑顔に変わった。
「へへ、じゃあ次は橘さんがアラームの代わりになってくださいね。 お任せします!」
そして小さな声でひとつつけたした。
―――……私も、本当はもうお別れは寂しいなって思ってたんです―――
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