「え、あれ、浴衣!?」
驚いてうわずった声をあげた神尾に、巴は得意げな表情で両手を軽く広げて見せた。
「この間実家から送ってもらったんでせっかくだから。
菜々子さんに着付けてもらったんですけど、どうですか?」
「いや、すげー似合ってるけど……」
「けど?」
巴に率直な感想を述べつつも、神尾は言葉尻を濁す。
別におかしくない。
本当にすげー似合っててかわいい。
けど。
「そんな気合い入った格好してくるんなら事前に言ってくれよ……」
力なくそう言った神尾の格好はジャージだった。
片やバッチリ浴衣でお洒落。片や部活帰り丸出しのジャージ姿。
釣り合わない事この上ない。
肩を落とす神尾に巴は不思議そうに首をかしげる。
「別に気になりませんよ? 去年だって神尾さん、ジャージだったじゃないですか」
「そりゃお前、去年は……」
彼氏彼女の仲じゃなかったし。
そう言いかけて口を閉じる。
まだ自分からその単語を口にするのは気恥ずかしい。
と、言うよりあまり実感がないのかもしれない。
先日伊武に「神尾と巴ってさ、付き合うようになってから何か変わった事あるの?」と真顔で訊かれた時も反論できなかったくらいなのだ。
告白する前はあんなに悩んで、ありったけの勇気をかき集めたというのに。
そんな神尾の内心の逡巡など巴は知る由もない。
「だって、神尾さん今まで部活だったんでしょう?
去年も今年も、部活帰りにそのまま来てもらってるんだからジャージなの当たり前じゃないですか」
そう巴は言ってくれるが、確かに去年は部活の帰りに電話があって、そのまま向かった。
今年も確かに部活はあった。
が、事前に約束していた時間にはまだ余裕があったので一旦帰宅して着替えることは可能だったけれど面倒でそのままギリギリまで他の部員とダベってたのが原因なので、今年の方が俺ダエなんじゃね? という感が半端ない。
そういえば森が「あれ、今日赤月さんと約束あるんじゃなかったっけ?」と言っていたのはこういう意味か。今更遅いが。
ダメだなぁ。
内心溜息をつく。
こんな風だからいつまで経っても彼氏彼女のような関係に見えないのだ。
そんなことを思いながらお祭りの会場付近まで歩いていく。
「うわぁ、やっぱり今年もすごい人でですねぇ」
「そりゃ雨でもないのにいきなり人が減るわけねぇだろ」
はぐれたらまずいから、とジャージの裾を掴ませようとして、やめた。
代わりに左手を巴の方に差し出す。
「ほら、行くぞ」
自然に言えたのかどうか、正直自信はない。
けれどすぐにそこに巴の右手が滑り込んできた。
「えへへ、これってなんだかいかにも『付き合ってます!』ってカンジですね」
「オマエなぁ……」
カンジってなんだよカンジって。
付き合ってるんだよ実際。
そうは思ったけれど、すぐにそんな細かいことはどうでもよくなった。
神尾を見て笑う巴の顔が、今まで見たことがないくらい可愛かったから。
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