修学旅行の自由行動って、自由行動とはいうけど事前にギッチリスケジュールを決めさせられるわ、途中経由するポイントもガッチリ決められてるわで、一体何が自由なんだかさっぱりわかんねえ。
挙げ句、男女混合で行動班を組まされるから、自然女子に押されてさらに不自由になっちまうし。
神尾がそれを見つけたのは、そんな不自由行動の最中だった。
こんな機会でもないとまず入る事のない小物屋。
華やかで可愛らしい、女子の好きそうなものが集められた店内は男子にはいささか居心地が悪い。
かといって勝手に他の場所に行こうものなら後で金切り声で責められるのは目に見えている。
班の女子は店の奥で楽しげにお土産を物色している。
横では同じ班である伊武がつまらなそうに携帯をいじっている。
このまま暇をもてあますか、うかつに話しかけて伊武のぼやきを延々聞き続けるか。
嫌な選択肢である。
手持ちぶさたに今度は店内に視線をやった神尾の目に、それは不意に飛び込んできた。
「なあ、深司」
「なに」
携帯から目を離さず声だけの返答が返る。
「あれ、ちょっといいと思わねえ?」
重ねられた神尾の言葉に、やっと大儀そうに伊武がそちらに視線を向ける。
神尾の指さした先の展示棚に置いてあったのは、ちりめんの髪留めだった。
緋色より少しオレンジとピンクが強い色合いで、臙脂色の飾り紐がいいアクセントになっている。
「……神尾には似合わないと思うけど」
「だーれーが、俺が付けるっつったよ! あれだよ、ホラ、その……巴に」
むきになって否定する神尾に、伊武は耳を押さえながら「わかってるよ……ちょっとした冗談だろ。そんなにむきになるって事は却って怪しいと思われかねないと思うけど」などと呟いた後、神尾が更にむきになる前に速やかに話題の方向を修正する。
「巴に?
似合わない事はないと思うけど、彼女が髪留めなんて付けてるの見たことないけど」
「俺もない」
髪だけではなく、巴が日常身の回りに頓着している様子は皆無だ。
せっかく、綺麗な長い髪なのに。
「……食べ物の方が確実に喜びそうだけど」
実は、神尾も少しそう思う。
「けど、絶対似合うと思うんだけどなぁ」
「じゃあ、買えば」
伊武の返答は簡潔過ぎてアドバイスにならない。
決して安い物ではない。
中学生の修学旅行の小遣いの総額など、氷帝の誰かではないのだからたかが知れている。
なので、慎重には慎重を期したい。
絶対巴に似合う、その確信はあるけれど絶対に喜んでもらえる確信がないのが痛い。
結果、悩んでいるうちに時間切れが来て後ろ髪を引かれつつもその店を後にすることになってしまったのだが、そうなると後に来るものは決まっている。
後悔だ。
「あーっ、やっぱ買えばよかったーっ!」
「うるさいよ神尾」
今日何回目かの台詞に、伊武が眉をしかめる。
みやげ物を出てから他の観光地を巡って昼食をとり、また別の場所に行って夕方、宿に帰還して…とその間延々繰り返されているのだからその反応も無理はない。
もっとも、一回目の時から伊武の反応は同じなのだが。
同じようなものはあった。
が、やはり違うのだ。
あれがいい。
あの時見た髪留めが、一番巴に似合ってる。
あれをつけた巴が見たい。
もはや喜んでもらえるかどうか、という問題ではなくなっている。
いや、喜んで欲しい。それは当然。
だけど、何より自分が巴にあれを買ってあげたい。
渡したい。
「深司ー」
部屋のドアを開け、森が顔を見せる。
二人の姿を確認してから部屋に入ってきた森が、小さな紙袋を伊武に渡す。
「預かってきたよ、コレ」
「サンキュ」
「……なんだ、それ?」
興味を示して覗き込んできた神尾に、それを投げ渡す。
「例の髪留め。それで合ってるだろ」
「え!?」
慌てて紙袋の封を切る。
中から出てきた縮緬の髪留め。臙脂色の飾り紐。
間違いない。
しかし、どうしてここにこれが。
「え、あれ、なんで森が!?」
状況が全く理解できずに髪留めと森の顔を交互に見ながら混乱している神尾に、森が笑いながら否定する。
「正確には俺じゃないよ、杏ちゃん」
「へ?」
「……神尾がうるさいから。あーあ、本当に俺っていいヤツだよなぁ。」
要するに。
神尾がぎゃあぎゃあとうるさいので、自由行動中に伊武が同じ班である森を通じて杏ちゃんにおつかいを頼んだのだ。
班の女子がガイドブックを持って選んでいた店なので、杏ちゃんもひょっとすれば行くのかもしれない、と。
「深司ぃーっ!! やっぱ持つべきものは親友だぜ!」
「うるさいよ」
感極まって抱きついてくる神尾を心底うっとうしそうに伊武が払いのける。
「しっかし、深司よくコレの特徴なんか覚えてたなぁ」
「別に。適当に決まってるじゃないか。もし間違ってたとしても俺は困らないし。金払うのは神尾だから」
「深司ぃ〜っ!」
「だから、うるさいよ」
先ほどとは別のニュアンスで攻防を繰り広げる二人に、森が遠慮がちに「あの、それの代金とりあえず俺が立て替えてるから払って欲しいんだけど……」とのたまった。
何はともあれ、次の休日。
なんだかんだで手に入れることが出来た髪留めをバッグにしまいこんで、鼻歌を歌いながら神尾は上機嫌で家を出た。
今日は巴に会う日だ。この髪留めを渡せる日だ。
……バッグの底に、保険として買っておいた銘菓も入っていることはとりあえず伊武には秘密である。
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