回線不通






『おかけになった番号は電波が届かない場所か、電源が……』


 何度目かの同じメッセージが流れきる前に携帯の電源を切る。
 時間を変えても同じ。
 と、いうことは。


「……どんだけ田舎なんだよ。嫌になるよなぁ……」


 ひとりボヤくが聞く相手はいない。電話が繋がらないのだから。
 この休みに巴は久しぶりに岐阜の実家に帰っている。
 それと同時にしょっちゅう来ていたメールや電話がピタリと止まった。
 まあ、おそらく電波が届かないのか、充電器もしくは携帯を越前家に忘れてきたか。
 ひょっとしたら両方かもしれない。

 さて、どうしたものか。

 どうせ繋がらないだろうと思っていた携帯はやはり繋がらなかった。
 もちろんPCなど持っていない巴と連絡をとる手段と言えば、自宅電話にかける他ない。


 自宅に電話。
 番号は知っている。しかしこれは微妙にハードルが高い。
 携帯電話ならそれを受けるのはほぼ100%巴であるが、家の電話となるとそうもいかない。
 代わりに受話器の向こうに出るかもしれないのだ。巴の父親が。
 会った事はない。が、普段の巴の話から容易に推測は出来る。
 あの年頃の親娘にしては驚くほど仲がいい。


 ……やめておこうか。
 別に大した用事でもないのだ。


 そう思いもしたのだが、結局しばらく考えた後に伊武は携帯の通話ボタンを押した。



 かくして。



『はい、もしもし』


 携帯の向こうから聞こえてきたのはあからさまな男性の声。伊武は自分が賭けに負けた事を知る。

 日々多忙にしているスポーツドクターではないのか。
 いやしかし久方ぶりに娘が実家に帰っているのだ。極力家にいようとするのは当然の成り行きであろう。
 やっぱりやめておけばよかった、と後悔するもかけてしまったものはしょうがない。

「伊武と申しますが、巴さんいますか」


 巴さん、などという呼び方はした事がないので違和感があるがさすがに呼び捨てにするわけにもいかない。
 校名も伝えた方がいいのだろうか。いやでもそれもくどい気がする。
 が、校名など伝えるまでもなかった。
 受話器の向こうで京四郎(であろう男性)はこう返したのだ。


『ああ、不動峰中の伊武君かな』
「……はい」

 よく知っている。と感心したのはまだ早かった。


『今年も選抜選手に選ばれたんだって? おめでとう』
「……ありがとうございます」
『夏の大会でも去年から随分成長したみたいじゃないか。
 キックサーブのキレも良くなったし、トップからスライスへの切り返しも随分スムーズになった。
 去年は少し不安のあった体力面も大分鍛え上げたようだし』
「…………」


 詳しすぎる。
 一瞬巴が話したのかとも思ったが、そうとも思えない。
 何をどこまで知っているのか。

 ……そして、いつになったら電話を取り次いでくれるのか。

『そうそう、ハイバックボレーを打つ時のインパクトまでの動きだけど……』

 しかも微妙に為になる話が多い。ショットの問題点、効果的なストレッチ法、等等。
 なので無碍に水を差す事さえも難しい。
 立て板に水の如く京四郎の話は続く。


『ああ、随分長く話し込んでしまったな、悪い悪い』
「いえ」

 やっと取り次がれると思ったのは甘かった。返す返す甘かった。
 受話器の向こうで京四郎はこうのたまったのだ。

『これからも頑張ってくれよ。それじゃあ!』

 ガチャン。ツー、ツー。

 通話終了。
 時計を見ると軽く三十分以上は経過している。 
 どっと疲労感が押し寄せる。とてもじゃないがかけ直す気にはとてもなれない。

「……やんなっちゃうよなぁ、まったく……」

 そしてまた、聞く相手のいないボヤキをこぼすのであった。



 一方。
 台所での後片付けを終了した巴が居間に赴くと、ちょうど京四郎が受話器を置いたところだった。

「随分長電話だったみたいだけど、誰だったの? 友達?」
「うん? いや、友達ではないな」
「にしては随分楽しそうだね」
「ああ、楽しかったからなぁ」

 娘にそう答えると、京四郎はにんまりと意地の悪そうな笑顔を見せた。







「こんにちはー、伊武さん、今いいですか?」
『お久しぶり』
「なんか、トゲありません?」
『別に。実際問題久しぶりだから久しぶりだって言っただけだけど』
「だって、私の携帯実家からだと電波状況が悪くて不安定だったから」
『電話買い換えれば。それに家に電話、あるんじゃないの』
「ありますけど居間においてあるから掛けにくくって」
『……ふーん』
「何か、用事でもあったんですか?」
『別に急ぎの用でもなかったからいいよ』
「そうですよね。何かあったら伊武さんが電話してくれただろうし」
『…………そうだね。ほんっと嫌になるよなぁこのニブさ。なんで俺がこんな昭和の学生みたいな苦労しなきゃならないんだよ……ブツブツブツ
「もしもし、伊武さん? 何ボヤいてるんですか?」







ツイッターで京四郎は電話取り次がないよね、という話をして楽しかったのでそのままSSに。
プライドにかけて真実は告げられません。

2011.12.20.義朝拝

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