「伊武さん伊武さん、あっち!」
唐突に巴が伊武の腕を引いた。
今度はなんだ。
巴とテニスの練習に行くと、かなりの頻度でこの「伊武さん伊武さん!」という巴のセリフを耳にすることになる。
それはテニスに関することであったり他のなんでもないようなことだったり、様々だ。
出来るようになったこと、気が付いたこと、見つけたもの。
妹が小さい時もこんなだったような気がする。
とすると彼女は幼児レベルということか。
この年になってもまだ毎日が発見の連続とは羨ましいものである。
正直、うるさいし若干うっとうしい。
そう思いながらもわざわざの誘いを断るほど嫌悪感を抱いているわけでもないので、休日にたまに一緒に練習をするようになって数ヶ月。
最近振り回されるのにも慣れてきた。
「ほら、あそこ」
巴の指差す方を見る。
小さな店舗の軒先。
下に設置された小さな台の意味は明白だ。
泥で固められた小さな巣からのぞく、小さなむくむくとした生き物。
巣から顔を出してはけたたましく鳴き続ける。
――ツバメの雛だ。
「ふーん、こんなとこにツバメの巣なんてあったんだ」
店先だと巣は壊される事が多い。
鳥の糞が下に落ちないように、と巣の下に台を設置した店主は優しい人間か鳥好きなのだろう。
雛たちの鳴く声がひときわ大きくなる。
あ、と思う間もなく黒い影が目の前をよぎり、親ツバメが巣にエサを運ぶ。
せわしなくまた姿を消す親を追うように雛が大合唱をする。
……なんか、誰かを連想させる。
特に口にモノを入れない限りは延々口を開いていそうなあたりが。
そう思い、その『誰か』を横目でちらりと見る。
と、目が合った。
にこにこと笑いながら、ツバメの巣ではなく伊武の顔を見ている。
「何。ツバメの巣を見たかったんじゃないの」
「見たかったんじゃなくて見せたかったんです。
で、伊武さんもちっちゃいヒナ相手だとそんな顔するんだなあ、って思って見てました」
その言葉に思わず知らず眉根が寄る。
「なんだよそれ。
じゃあ君は俺を観察する為にわざわざここに連れてきたって訳? 見世物じゃないんだけど。っていうかそもそも」
「そもそも、なんですか?」
「……なんでもない。行くよもう。
あんまり店先に突っ立ってると営業妨害だろ。もっともキミがそれ目的だっていうならそれはそれで構わないけど一人でやってね」
「ち、違いますよ!」
先に立ってすたすたと帰り道の方角を行く伊武を、巴が慌てて追いかける。
不躾な観察者がいなくなって親ツバメも一安心だろう。
そもそも。
先程自分は一体どんな顔をしていたと言うのだろう。
聞きそこなったが、敢えて聞き返す気にもなれない。
ツバメから巴の事を連想していた時にどんな顔をしていたのかなんて。
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